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若き宿木クンの悩み
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
 日本国政府内バベル所属のエスパーチーム『ザ・ハウンド』の二人、犬神初音と宿木明。
 この二人は、特殊な超能力を代々受け継いできた家系でもある。
 簡単な言葉で言うと、犬神は俗に言う変身能力を持ち、宿木は動物に乗り移る能力を持っているのだ。
 小さい頃から行動を共にし、その能力を鍛えてきた彼らは、しかしまだ十四歳。
 一応、彼らを指揮する者は決まったものの、二人はまだまだ若くて判断能力が低く、しかもバベル入局が最近と言うこともあり、実働より訓練主体となるのは仕方ないところだろう。
 その能力から調査追跡が主任務となるため、体力養成に努める彼らだったが、ここ数日、宿木は身体の不調を感じていた。
 普通の医師では特に問題無いと言われるのだが、どうにも首が痛むのである。
 手足が筋肉痛なら、話は分かる。
 能力の使いすぎで頭が痛むのだと言われても、納得はいく。
 だが、負荷をほとんど掛けていないはずの首が痛むとは、何としたことだろう。
 レントゲンでもCTスキャンでも異常が認められないため、その数日後、彼は、とあるドアを叩いた。
 超度六と高サイコメトラーである賢木医師の診察を受けることにしたのである。
 同じバベルの職員で、また、自分より高超度の人間なため、普通なら真っ先にそちらの診察を受けるべきだったのだろう。
 しかし、賢木にはセクハラや女たらしなど悪い噂しか聞こえてこないことから、そのイメージが先行し、宿木は少々受診をためらってしまっていたのだ。
 とはいえ、首を痛めたままでは仕事ばかりか生活にまで支障をきたす。
 なので不安を抱えつつも、宿木は賢木の診察室ドアを叩いたのだった。




「それで、どうなんでしょうか?」
 噂は、やっぱり当てにならないものだ、と宿木は思った。
 普通の医師同様、真剣な顔つきで自分を診る賢木を、彼は少々見直していた。
 暇だったのか、パソコンへ向かい、ぼーっとしていた彼へおずおずと診察を依頼したのだが、想像や最初のだらしない印象とは異なり、彼はてきぱきと診察を開始したのだ。
 やはり前提がどうであれ、医師に違いは無いんだな、とも宿木は思う。
 そのため、自然、尋ねる言葉も幾分か丁寧な言葉となっていた。
 しかし、やはり噂の一部は事実であった。
 賢木は、その問いに、あっけないほど簡単な言葉のみを返したのだ。
「まあ、気にするな。痛み止めも湿布薬も必要ないから、このまま帰っていいよ」
「え? その、痛みの原因は何も無いんですか。薬も無し?」
 以前、皆本と言う人間から聞いていた。
 賢木は、人間として立派かどうかはともかく、きちんと医師の心を持ったやつである、と。
 それと同時に、あのおちゃらけた態度が誤解を招くんだけどね、とも聞いていた。
 だから宿木へも冗談を言ったのかと思ったのだが、顔を見ると、どうやらそれが診察結果らしい。
 もう少し詳しく言ってくれませんか、との宿木の言葉に、賢木は、頭を掻きながら答えた。
「現実のダメージは、全く無いよ。筋肉や神経系など、肉体の損傷は皆無なんだ。たぶんだけど、バベルに入って相棒の初音クンをどうにかしたいとの緊張が途切れたため、今までに受けたダメージが幻痛としてあらわれただけだろう。若いんだから、鍛えれば肩こり程度にしか思わなくなるさ」
 聞き慣れない言葉に、思わず宿木は聞き返していた。
「幻痛――ファントム・ペインですか? ってーと、失われた肉体が痛む感じがするってやつ?」
 その質問に、へぇ、と感心しながら賢木は説明する。
「お、よく知ってるねぇ。それが本来の意味だよ。で、君の場合、首が失われたんじゃないけれど、あまりにも初音クンが首の骨を折り続け、その記憶が強いもんだから、平時でも痛みがあらわれたらしいんだ。もちろん正確な意味じゃないけど、その言い方のほうが分かりやすいと思ったんだが、どうかな」
 おちゃらけていても、さすが医者である。
 さらりと診察しただけで、そんな風にすらすら説明が出てくるため、宿木は思わず、おぉと感嘆の声を漏らしていた。
 片や中学生、片や社会人なのだから、二人の知識量が違うのは当然であるが、噂や先ほどの態度を思えば、とても尊敬の目を向け続けられるものでは無かったのだ。
 しかし、自分が受診した今では、確かに目前の男を凄いと思う。
「で、一番痛むときってのは、訓練時、彼女が疲労と空腹で暴走気味になりそうなときだろ?」
 そのため、そう賢木から核心をつかれても、さほど気にならず、彼はこくんと頷いた。
「……そうです。覚悟はしてても、また食われるかと思うと、痛みが来て……」
 訓練時には、すぐそばに食料を常備している。
 それは、犬神が空腹で暴走すると、獲物を得るまで非常に危険な状態となってしまうからだ。
 これまでは、宿木が獲物に乗り移り、そのままとなることを防いでいた。
 だが、そのたびに彼女のあごで首の骨を折られる感触を味わっていたため、それが心に染みついてしまったのだろう。
 バベル入局以前と違い、宿木のみが初音の状態へ気を使うことはしなくてすむようになったものの、未だ暴走の危険性は残っている。
 賢木は、その告白を、うんうんと頷きながら聞き、助言を与えた。
「まあ、痛みは、残念ながら自分で克服するしかねーなぁ。記憶をブロックすることも可能だけど、それでは初音クンとの関係に問題が生じてしまうしなぁ。回避方法としては、常に食料を持ち歩くこと。そして、仮に最悪の場面となった際には、獲物に乗り移るのはやむを得ないとしても、食われる直前に意識を戻せば何とか大丈夫じゃないかな」
 要するに、暴走は回避できないから自分で対処するしかないとの内容である。
「タイミングが難しいけど、訓練すれば、いくらかマシだろうさ」
 無責任にも、賢木はそう締めくくった。
 医師としてすべきことが無い以上、それくらいしか言えなかったのだが、宿木にとってすれば、それはないだろうとしか言えない内容だ。
 はぁ、と溜め息を吐いた宿木を見て、賢木は、気を紛らわせようとしたのか、不意にニヤリと笑ってこうも言った。
「実際のとこ、どうなんだ? 少女の口に咥え込まれる感触ってのは」
「え?」
「だから、今まで何回も獲物として食われてるんだろ。彼女のお口の感触くらい、記憶に残っているだろうに」
 ぷにぷにと頬を突きながら言うその姿に、先ほどまでの立派な医者の姿は全く残ってない。
 立派なエロ親父としか見えない賢木の態度に、宿木は憤慨した。
「変なこと言わないでくださいよ。あいつに食われるってのが、どれほど痛いものか、サイコメトリーで診察してくれて分かっているんじゃないんですか!?」
「それはそれとして、やっぱり年端もいかない少女のお口は違うんだろうなぁと思うんだが? まんざらじゃないんだろう。でなければ、とっくにコンビ解消してるはずだもんなぁ」
「さ、賢木さんて、ロリコンなんですか?」
 思わずそう言ってしまった宿木をことさら非難することはせず、賢木は堂々と自説を述べる。
「勘違いしてるようだから、訂正させてもらう。俺は、ロリ好きな変態皆本とは違う!! 純粋に女性全般へ興味があるから聞いているだけだっ!!」
「うわー、最低」
 そう漏らした宿木の言葉は、いったい賢木と皆本、どちらに向けられたものか。
 眼前で興奮している賢木と、その彼をもってして変態と称されてしまった皆本。
 果たして、どちらがより変態なのか。
 類は友を呼ぶ、とのことわざ通り、あるいは、両方とも変態なのかもしれないと宿木は考えてしまった。
 宿木たちがバベルへ入局する際、皆本には大いに世話になった。
 的確な指示でもって、模擬戦闘ではあるものの、日本随一の能力を持つエスパーチーム『ザ・チルドレン』をあと一歩まで追い詰めさせてくれた人なのだ。
 また、何かと扱いづらい『ザ・チルドレン』を纏め上げているだけでも、尊敬に値する。
 皆本へは、決して悪い印象を持っていなかったはずなのだが、それが覆されていく感じがしてしまう。
 宿木の溜め息を無視し、どうなんだと迫る賢木の後ろに、いつの間に来たのか、誰かがすっくと現れた。
 その人物へ声を掛ける暇もなく、繰り出された手刀が賢木の頭を直撃する。
「誰がロリ好きだっ!? お前なぁ、ホラ吹くのもたいがいにしてくれよ」
 言葉と同時の手刀突っ込みに、内心ギクッとなりながらも、のうのうと賢木は弁解した。
「宿木が、のろけ話をするから、つい、な。まあ、でも、ほら、事実は事実だし」
「どこが事実だっ!」
 後頭部を押さえながら、しかし、そう言ってのける友達へ、皆本は叫ぶ。
 隣には宿木が居るのだから、変な噂を立てられたら、それこそ問題である。
 むっとした皆本と、内心呆れている宿木を前にして、逃げられないと思ったのか、賢木は威厳をただして言った。
「一つ、敵にもかかわらず、年端もいかない少女を見て顔を赤らめた」
「お前もだったろーが」
 少し前、敵対する組織に所属していた少女と対戦した時のことだが、人質としてさらわれた皆本は、身なりに興味がない彼女を見て色々世話を焼いてしまっていた。
 敵組織の一員だとはいえ、部下のチルドレンたちと同年代である彼女の行く末を案じてしまったからだ。
 ちょっと手伝ってやっただけで、ずいぶんと彼女は可愛らしくなったのだが、そう思ったのは皆本だけではない。
 賢木もその場におり、皆本と同様の反応を示していた。
 ちなみに、もう一人いた男性エスパーも同様の反応だった。
 だから、それは皆本固有の問題ではないのである。
 そう即座に言い返した皆本へ、賢木は次の言葉を発した。
「二つ、担当エスパーがみな少女だ」
「それは僕の意志じゃ、どーにもならないだろうが。文句あるなら局長やチルドレンに直訴しろよ」
 皆本が指揮する『ザ・チルドレン』の三人は、みな小学生の女子であり、また、担当となったのは、確かに彼自身の意志だ。
 が、それ以降、いくら彼が止めようとしても、もはやそれは叶わないだろうと皆本は思っていた。
 理由はいくつもあるが、ここでは言えない内容なため、取りあえず上司と担当エスパーのせいにした皆本へ、賢木は堂々と言葉を続ける。
「三つ、そのエスパーたちと、いつもいつもイチャイチャしてるじゃねーか。どこに反論の余地がある?」
 その勝ち誇ったような言葉を聞き、皆本は思わず反論を忘れて突っ伏してしまった。
 最後の言葉にも、反論は可能である。
 何と言っても、皆本をおもちゃとしているのは彼女らのほうなのだ。
 決して皆本からではない!
 そして、一つ一つの内容を聞けば、確かに全て反論することは可能である。
 しかし、それらを纏められると、自分は本当はロリ好きだと思い知らされているように感じ、どう反論して良いか分からなくなってしまったのだ。
「だからさぁ、ロリ好きな皆本くんも聞きたいだろ? 宿木くんの体験した、中学生初音ちゃんのお口の感触ってどーだろなって思わないか?」
「お前はアホかぁ!!」
 そう皆本がわめいてみるも、賢木は一向に微笑したままである。
 このむっつりスケベ、と揶揄する彼は、心からこの状況を楽しんでいるようだ。
 まったく、医師にあるまじき心得と言えよう。
 そんなこんなで賢木と皆本が向き合っているため、宿木は、これ幸いと前を向きながらそそくさと逃げだそうとした。
 自分に目がいっていないことを確認しつつ、音を発せずドアのところまで辿り着いた彼だったが、それを開けようとした瞬間、ドアがいきなりバンと開けられ、無惨にも前にひっくり返ってしまう。
 それらの音で宿木がドアに向かっていたことを知った二人は、視線を向けた瞬間、固まった。
 そこに居たのが、宿木だけでは無かったからである。
 皆本の担当するチーム『ザ・チルドレン』の面々――三人の悪魔とも言われるのだが――が、そこに居るではないか。
 今まで口にしていた内容を知られたなら、どのようなことをされるか分かったものではない。
 背中を汗びっしょりとさせながら、皆本は引きつってはいたが、無理やり笑顔で場をつくろった。
 そんな状況を知って知らずか、無邪気に皆本へ言い寄ってくるチルドレンたち。
「皆本ー。遊んでないでさっさと帰ろうよー」
「成長ざかりの乙女に食事を待たせるんは、よろしくないで」
「今夜も期待してるからね」
 入って来るなり、周囲を無視した皆本への口撃を発している。
 いや、三人とも多少は気を遣っているのかもしれない。
 何故なら、浮かべている笑みが不自然なほどキラキラしているのだから。
 そして、皆本へ他の女の話を聞かせるなと言わんばかりに、賢木を見る視線が冷たいからである。
「ほら、やっぱりロリ好……」
「ちがうー! 僕は違うんだぁー!!」
 叫びもむなしく、ずるずると引っ張られていく皆本を見送った賢木は安堵の溜め息を、そして宿木はパートナーを含めて女は怖いよなーと気の抜けた溜め息を吐き、お互いのそれに気付いて苦笑した。
 しばし後、賢木は、大人の余裕でいち早く立ち直ったため、宿木の頭に手を置いて他言無用とばかりに優しくこう告げる。
「まあ、なんだ。あんな風になりたくなきゃ、のろけるくらいになってくれよ。診断書には『寝違えで湿布出した』と書いておくから、頑張ってくれよな」
 釈然としないものの、そう言われ数日分の湿布薬と一緒に医務室を放り出された宿木がその後、首の痛みを克服出来たのかは誰も知らない。
 ただ、翌日、げっそりした皆本と、つやつや顔のチルドレン、そして、顔や首に青あざの出来た賢木及び宿木の姿が見えたとか見えないとか――更には妙に満腹気な犬神も見えたとか――妙な噂のみが伝えられている。
 色々と、合掌。





 ―終―
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