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とりあえず仮ということでひとつ。
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昼食、職員食堂にて
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
「はぁ……」
 バベル職員皆本光一の、貴重な昼食時。
 彼は、カロリー高めの食事を目前にしながら、何故か溜め息を吐いていた。
 目前に置いてあるものが、食べられそうにないほど多量だからでは無い。
 それは、ここ最近の動向を思い出して少々憂鬱になってしまったためである。
 朝は、同居している三人娘の食事など世話で忙しい。
 夜は朝に同じく食事係となっている中、彼女たちが小学校へ通っているこの時間の、更に言えば仕事に関係ない食事時だけが、最近の安らぎ時間となっていたからだ。
 どこが楽しいのか皆本自身には分からないが、一緒に食事をと誘ってくる女性は多い。
 しかし後日になると、みな一様に青い顔で謝ってくるため、皆本は、もう誘われても自分から断ってしまっていた。
 子供時分の経験で、疎外感を味わっている彼にとっては、一人での食事も全く気にならない。
 たまに自嘲気味になることはあるが、朝晩のことを考えれば、むしろ偶には一人になりたいと思うようになっても仕方のないところであろう。
 ちなみに、今日の昼食は大盛りハンバーグ定食である。
 本来なら、栄養バランスを考えて野菜炒め定食といきたいのだが、理不尽な折檻と上司の無理難題に耐えるため、カロリー摂取と体力作りの運動は欠かせないのだ。
 高カロリーな食事自体は、全く問題が無い。
 ただ、それが自衛のためだとの事実が、何となく彼に厭世観を抱かせてしまう。
「皆本さん、どうかしたの?」
 そんな食事にさえ気の乗らない皆本へ不思議そうな声が掛けられたのは、彼が食事に手を付けてから少しした時だった。
 声を掛けられること自体は何回もあるが、今ここへ居るはずの無い人間が平然と隣に座るのは問題である。
 彼は、貴重なひとときを邪魔されたことで、無意識のうちに少々きつい言葉で答えた。
「僕にだって食事の時間くらいあるさ」
「私にだってあるわよ。だから、ご一緒してもいいわよね」
 この、有無を言わさぬ切り返し。
 いけしゃあしゃあと言い放ったのは、彼の受け持つエスパーチーム『ザ・チルドレン』のメンバー、三宮紫穂だった。
 皆本は、目線の端でちらりと腕時計を見たが、時間はまだ十三時過ぎ。
 通常公務員の昼食時間からは若干外れているが、実験の都合で午後に食事時間がずれこんだ皆本に取っては特に問題ない時間帯である。
 しかし、学校通いの紫穂がこの時間にバベルへ居ることは、教育上問題となる。
 何といっても、今日は平日で、しかも休校日ではないのだ。
 ましてや、学校給食がありながら昼食時に食堂へ来るなど、心身共に子供たちの健全な発育を目指す皆本の基本方針へ真っ向から刃向かっているようで、もってのほかとしか言いようがない。
 更に言えば、彼女が選んだのも、皆本同様ハンバーグ定食だった。
 ここの肉料理は比較的良質の肉を使っているため、野菜が混ざっていても、彼女は何とか食べることが出来る。
 さすがに大盛りとまではいかないが、野菜嫌いの彼女がステーキを頼まなかったのは、もしかすると皆本の目を気にしたのかもしれない。
 しかし、他のメニューもあるだろうに……
 そんな感想が、皆本へほんの少し眉をひそませてしまう。
 このように、どれ一つとっても多々文句を言うことが出来る彼女の行動だが、それを口にしてものらりくらりとかわされてしまうことが分かっている彼は、じろりと非難の視線と共に不機嫌そうな一言のみを紫穂へ送った。
「まあ、空いているしね」
 どうやら、皆本と同席で、しかも一緒のメニューにしたかった女心は理解出来なかったようだ。
 もう、と内心溜め息を吐いた紫穂は、再度皆本へ問い掛けた。
「何を悩んでいるのかなと、そう思ったのよ。いつもより覇気が無いし、その、同じチームとして不安になるじゃないのよ」
「偶には休息したっていいじゃないか」
 そうはぐらかした皆本は、なおも問い掛けようとする紫穂へ、逆に質問した。
「君こそ、何でこの時間にバベルに居るんだい? 今はまだ学校の時間だろう」
「べ、別にいいじゃない。その、つまり……皆本さんと同じで息抜きよ」
 なんたる言いぐさ。
 チームメイトと別行動の事実も、学校をさぼった理由も、ましてや皆本のところへ真っ直ぐ来た理由にも、何も答えていない。
 すると、と皆本は思考を巡らす。
「お前、また給食が嫌で逃げ出してきたな。この前、先生から注意されたばかりだっていうのに、まったく……」
 抜け出したとなれば、たぶん、今日の昼食はサラダメインだったのではなかろうか。
 給食献立表は学校から渡されているが、さすがに毎日のメニューは把握してないし、急な変更もあろう。
 野菜嫌いの紫穂なので、分かった時点で色々理由を付け、午前中でこっそり早引けしたのだろうと皆本は推測した。
 皆本から散々注意をしているし、小学校の先生からも指導して貰っているが、彼女の嗜好は一向にあらたまらない。
 やむを得ないことだが、給食へ使う食材は、費用を抑えるために最高級のものとはいかない。
 皆本が作るときはなるべく新鮮なもので割高なものを使うが、味の面で紫穂が給食の野菜に抵抗感を感じるのも何となく理解は出来る。
 それに、普通子供は野菜より肉のほうを好むものなのだから。
 しかし、彼女のように野菜を食べずに抜け出すとなれば、教育上大きな問題だ。
 この食堂は食券を先に購入する仕組みなのだが、事前に皆本へ声を掛けなかったからには、既に支払いは済んでいるのだろう。
 外食分のこずかいはあげていないはずなのだが、との皆本の疑惑いっぱいな視線を平然と受け流し、上品に食べ始めた紫穂は、気がつくと既に三分の一を食べ終えていた。
 注意を無視され、一瞬むっとした皆本だったが、まあ、これもいつものことか、と半分諦めて自分も箸を使って食べ始めた。
 肉料理が多いコメリカへ居たくせに、ナイフとフォークを使わないのは、こだわりでもあるのだろうか。
 ハンバーグ程度ならば箸のほうが楽なのかもしれないが、子供である紫穂のほうがナイフの使い方が堂に入っていたりするのは、どことなく奇妙な光景と見えてしまう。
 しばし、黙々と食べていた二人だったが、先に食べ終わった紫穂が、ついと立って二人分のお茶を持ってきたのは、まだ皆本へ付き合うためだろう。
 食事を終えたら文句言われそうな雰囲気なのに、にこにこしているのは、皆本の食事姿を独占しているからに他ならない。
 何の予感を感じたのやら、お小言は言われないと確信めいたものがあるらしい。
 超能力使うわよとテーブルの下でこっそり脅しを掛けているのも、きちんと効果が出ているようだ。
 その皆本は、少し遅れて食べ終わったあと、ちらりと周囲を見て誰も自分たちに注目している人がいないことを確認すると、おもむろにこう言った。
「さてと、何のおねだりなのかな。わざわざ抜け出して来たってことは、あいつらにも知られたくないことなんだろ?」
 給食を抜いたことは決して褒められることではないが、それだけならば、皆本のところへ来なくても良いはず。
 むしろ、小言を避ける意味でも、皆本には知られないようにしなければならないはずだ。
 なのに紫穂は、当然のようにここへ来て、未だ逃げようとはしない。
 まあ、逃げる必要はないかもしれないが、堂々と居続けるのも妙な話である。
 何のこと、と少し首をかしげて答えた紫穂は、僅かに微笑んで左手を口に当てた。
「ふーん。皆本さんたら、女の子の秘密を知りたいの? そんな質問するなんて、デリカシーが不足しているじゃないのかしら」
 それが答えかぁ?
 皆本はあっけに取られた。
 いつにも増して凶悪な揶揄。
 質問と答えが噛み合ってないのを、当の本人は全く気にせず、にやにやと彼の顔を見ている。
 どんな返答を言ってくれるのか、興味津々な、小悪魔の顔――
 思わずこめかみを押さえながら、皆本は呟いた。
「あのなぁ。聞いているのはこっちだぞ? はぐらかさずにきちんと答えてくれよな」
 しかし、皆本の嘆きを受け流し、紫穂はさも当然と笑う。
「別にいいじゃない。したかったんだから」
「……そーいう問題かよ」
 じっと紫穂の顔を見ても、しかられる怯えとか罪悪感とかは全く見あたらない。
 むしろ、皆本をからかって楽しんでいる――そんな気がする。
「……女の子との食事は、楽しくなかったの?」
 むっとした顔で皆本が黙っていたのため、不安になったのか、不意に紫穂は尋ねた。
 僅かにだが、ひそめた眉が、彼女の心配は本気であることを示している。
「いや、そんなことは無いけど……」
「じゃあ、楽しかったのよね?」
 畳みかけるような口調に、つい皆本は答えてしまった。
「あぁ。まあ、嫌じゃなかったよ」
 とたんに、ほっとした雰囲気が伝わってくる。
「よかった」
 何が良かったのだろう?
 そんな質問が脳内で浮かんだが、皆本は、それ以上に別なことで思考がいっぱいとなった。
 小悪魔の笑み、眉をひそめた心配顔、そして、安堵の微笑み。
 先ほどからころころと変わる紫穂の表情が、出会った頃には見られなかった、年相応の女の子のそれであったからだ。
 常に冷静沈着を求めるチーム指揮官としては失格かもしれないが、一人の年長者としては、その変化が自分と出会ってからのことだということで嬉しくなったのである。
 僅か十歳の少女が、能力のせいで疎外され、無表情・無感動となっていたあの頃。
 いつもはチーム全員、総勢四名で居ることが多いため、紫穂にだけ意識を向けることは少ない。
 が、無理矢理二人きりとなってしまったことで、皆本は、妙に彼女の変化を意識してしまった。
 結果、食べ終わったら本格的な文句を言うはずだったのだが、紫穂の顔を見ているうちに、まあ、こんな日もあるかと苦笑するにとどめざるを得なくなってしまっている。
 皆本の顔だけはしかめ面だが、文句を発しないことで、紫穂の表情は反対ににこやかなままだ。
 少しして、やれやれ、と照れ隠しに溜め息を吐いた皆本は、自分のトレーを持って立ち上がった。
「もう時間だから、そろそろ出るぞ」
「……うん」
 結局、紫穂は何をしに来たのだろう?
 そんな疑問はまだあるものの、尋ねても絶対彼女は答えないだろう。
 逆におどしを掛けられるのが落ちだ。
 なので皆本は、食堂を出る際に学校サボったのをとがめることなく、逆にこう言葉を掛けた。
「薫と葵が来るまで、大人しく保健室にでも居ろよ。賢木には僕から頼むからさ」
 バベルの医務室に勤務する賢木は、皆本と仲が良い。
 三人娘との関係で、何かとからかわれることが多いものの、色々頼み込む場合には素直に頷いてくれるありがたい存在だ。
 紫穂とは仲が悪いとの話も聞いてはいるが、皆本が見たところ、二人の仲はそうは悪くないと思っている。
 彼へ、紫穂が具合悪いと言っておけば追い出すことはないだろうし、対外的にも体面が立つだろう。
 そこまで思案して皆本は提案したのだが、紫穂は逆に少々面白くなさそうな顔をした。
 気を遣ってくれる彼の態度は、素直に嬉しく思う。
 しかし、皆本さんと二人で楽しく食事したい、それだけのことが色々と問題行動になってしまう現状を、いささか不満に思ったのだ。
 まだ皆本と一緒に居たいのか、紫穂は提案に返答しなかったのだが、それも少しのこと。
 言いにくいことでもあるのかなと思った皆本が、さっと手を繋いだため、彼女はようやくであるが、こくんと無言で頷いた。
 伝わってくる、暖かな温もり。
 態度も言葉も伝えてくれない真剣な思いを、紫穂はこの温もりで感じ取れる。
 まだ、食事してもデートとは言えない状況ではあるものの、こうやって既成事実を積み重ねるべく、紫穂はぎゅっと彼と繋いでいる手に力を篭めるのであった。
 最初に出会った頃より強く、二度と離さないわと言うかのごとくに。




 ちなみにその夜、寝静まったはずのとある部屋から、僅かにこんな話し声が漏れてきていた。
「ところで、今日はどやった? 皆本はん、他の女性と食事してせーへんかった?」
「今日は一人だったわよ。物陰からちょっと観察していたけれど、そろそろ諦めてくれたみたい」
「ちょっかい掛けるの多いからなー。お仕置きしなくても良くなってるのはいいんだけどさ、何かこう、物足りないかも」
「ちょっと。物騒なこと言わないでよ」
「油断は禁物やからな。安心したいんやけど……まだまだ監視は必要なんとちゃうんか?」
「……そうかもね。でも、現場押さえても、お仕置きはやりすぎないほうが賢明かもね。何で分かったのかと皆本さんに不審がられちゃうわ」
「それは大丈夫だって。有無を言わせないようヤっちゃえばいいじゃん。皆本は鍛えてるしさ、もう、何発でもオッケーってやつ?」
「ちょっと、その言い方はちょっと下品じゃないの? ……まあ、でも……」
「ん? 何か心配事でもあるのん?」
「いえ、無いわよ? そんな訳で、今回のチェックも無事終了したし、そろそろ寝ましょう」
「んー、まあ、そー言うならな。寝るとしますか」
「んじゃ、おやすみー」
 どうやら昼間の件は、チーム全員の意志によるものであったらしい。
 だがしかし、その行為が思惑以上に特定人物をリードさせてしまう事実にみなが気付くのは、もうちょっと時間が経ってからのことであった。





 ―終―

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