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> 短編 > あるはずのない未来
あるはずのない未来
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
―― the world shouldn't exist.
ありうべかざる未来の話――
日本政府内務省付きバベル職員の皆本光一は、かねてより指名手配されていたエスパー、破壊の女王と称される明石薫の居場所を突き止めていた。
とあるビルの屋上で一人佇む彼女の背後から、慎重に慎重を重ねた上で、そっと皆本は忍び寄っていく。
何せ相手は、日本どころか世界でもトップレベルのサイコキノ。
普通人の彼では、いくら最新型ESPジャマーを装備していても、事前に気付かれたなら全く対抗出来ないからである。
そして、彼女を倒すためにとわざわざ新調された携帯ブラスターの射程範囲内にまで近づいたところで狙いを定めた彼は、いきなり叫んだ。
「動くな、『破壊の女王』!」
あざななど呼びかけず、問答無用で撃っていれば確実に彼女を倒せただろう。
不可解なことに唯一とも思える勝機を逃した彼へ、薫はゆっくりと振り向いて、少し寂しそうに微笑んだ。
「ブラスターでこの距離じゃ、確実にあたしを殺せるよね。皆本がここまでやるなんて、昔のあたしじゃ想像つかなかったな」
「薫……気付いていたんだろ? 昔ならともかく、今のお前なら、僕の接近なんて簡単に察知出来たはずだ。何を考えているんだ!?」
皆本の台詞が示すとおり、彼と薫は昔なじみだった。
以前、薫がまだバベルの特務エスパーチーム『ザ・チルドレン』の一員として活躍していた時、皆本は彼女の上官だったのだ。
当時から日本トップのエスパーだった薫は、能力の性質上、おもに指示の実行役として働いていたのだが、たまに妙な意地を張ることがあった。
高レベルテレパシストでさえ感知難しいほど小さな声を聞き、説明出来ない使命感で行動をおこそうとするのだ。
今から思えば、薫の未来はその時すでに定まっていたのかもしれない。
どこまでもまっすぐな、彼女の気性を変えようと思えなかったからには。
薫は助けに応じ、一緒に悩み、そして、とうとう普通人の皆本から離反する――
避けようとして、結局、避けられなかった予知。
物理学の常識で言えば、何かへチカラを加えるならば、同じ大きさの反作用が必要となる。
今言っても詮方ないことだが、皆本が費やしたチカラは、世界破滅の予知回避には足りていなかったのかもしれない。
以前から予知によってこの光景を見てはいるが、実際の場面となったショックは大きい。
だが、これからのことを変えることは出来る。
そんな決意を胸に秘め、皆本は、彼女の胸に照準を合わせたまま、その真意を問うたのだが、彼女は、絶体絶命だというのに身動き一つせず静かに答えた。
「あざなの通りだよ。破壊っつーか、破滅だけどね」
「そんな答えを聞きたいんじゃない!」
どこで歴史の歯車が狂ったのだろう。
あちこちで起きている超能力者と普通人の戦いは、彼にとって、あってはならないことだった。
予知されていたこととはいえ、それを回避しようとしていた彼は、チカラ及ばずとも平穏が訪れることを信じていた。
彼女も、将来の夢に『世界征服』と書いたことがあるとはいえ、ここまで破滅的な未来を望んでいたとは思えない。
なのに――
今の二人は、まさに予知の通りだ。
促しても口を開こうとしない薫に、皆本は言った。
「知ってるんだろ? 僕がここまでやれる理由。エスパーと普通人の戦争は、絶対に起こしちゃならなかった」
彼の感情が高ぶっていくのが、薫にも分かる。
「なのに、何でお前は戦いに身を投じたんだ!? 僕たちは、仲良くやれてたじゃないかっ!!」
薫と皆本、そして今ここに居ない二人を合わせた四人でバベルの最強チーム『ザ・チルドレン』として仲良くやっていたと信ずる彼は、未だ薫が袂を分かったことを実感出来ていなかった。
彼女がしでかした内容を見聞き、今ここで敵対していても、どうしても憎い相手とは思えない。
憤慨している彼を見た彼女は、やれやれと言った感じで、ぼそっと答えた。
「だって、破滅を望むしかないじゃん。あたしの破滅か世界の破滅か――二者選択しかないなら、せめて勝利を求めて何が悪いの?」
「……まるで、どこぞの魔神のような答えだな」
皮肉なのだろうか?
昔、一緒に読んでいた漫画のような答えだな、と彼は思った。
夢中になって、台詞をそらんじるまでになった、あの漫画。
まさか、ここでそんな答えを聞こうとは、皆本は夢にも思ってなかった。
皆本の苦笑が、彼女にも伝播する。
一瞬、目つきを遠くへ送った彼女は、皆本に視線を戻して言った。
「あたしも、まさかこんな気持ちになるとは全然思ってなかったよ。でも……」
「でも?」
そして言葉をいったん区切った後、一息入れてから、キッと皆本を睨んで叫ぶ。
「だって、あたしを選んでくれなかったじゃない! こんなにもピチピチで可愛い女が求愛してたのに、拒んだ皆本が悪いのっ!!」
「お前……それ、マジだったのかぁ?」
呆れた皆本をじっと見て、気持ちが伝わってなかったことを実感した薫は、ぶわっと涙が溢れそうになり、慌てて下にうずくまりながら、こう続けた。
「恋する乙女が恋に破れた時、世界の破滅だって思うのは当然でしょ。それくらい、皆本だって知ってるじゃん。いくら心を覗かれて抗しきれなかったからって言っても、あたしを受け入れてくれないのは酷いと思うでしょ?」
のの字を床へ書きながら、そう述懐する薫。
本人としては、かなり真剣に皆本へ求愛していたつもりらしい。
しかし当の皆本には、薫からまともに求愛された記憶が、まるで無かった。
あれとかこれとかはあった気がするけど……
昔のことを思い出しながら皆本は、いじけている薫へ、恐る恐る尋ねた。
「お前の言う求愛って、『前世から愛してるぜー!』とか『あたしゃぁもう!』とか言いながら全力でタックルしてきたり、些細な失言でも僕を壁に叩きつけたりして、毎日のように怪我を負わせていたことか?」
「……好きだったんだから、いいじゃん。別に」
どうやら彼女は、それが愛している相手への行動だと信じていたらしい。
母親や姉、学校での級友、バベルでの噂話、などなど――今に至るまで、恋愛講義を受ける回数は多かったはずだ。
確か、何かと引っ掻き回してくれる蕾見管理官の直接指導もあったよう、皆本は記憶している。
なのに、それなのに、彼女は未だ小学生の恋愛理論から一歩も進んでいなかったのだろうか?
あっちゃー、と頭を抱えた皆本は、思わず言ってしまった。
「それで世界を巻き込むのかよ……洒落にならんだろが」
そんな、小さくぼそっと言った事柄を、薫は耳聡く聞きつけて、下を向きながら答える。
「世界なんて、皆本抜きじゃ意味ないんだって。だから壊そうとしたんだけど……」
「いや。そんなんで壊されるほうの身にもなってほしいんだが」
皆本の困惑した突っ込みを無視し、彼女は、いきなり顔を上げると大声で尋ねた。
「でも、こうやって皆本が来てくれたからには、あたしにも愛が残ってるって、そう信じていいんだよね?」
そして、この展開は何、と理解しがたい様子の皆本へ、素早く涙を拭きながらこうも言う。
「あたしだってさ、ここまでやらなきゃ駄目だったなんて、思ってなかったんだからね。こんな……」
「こんな?」
「『ツンデレの極意』なんてさ!」
思わずのけぞる皆本と、恥ずかしげにタックルかます薫。
昔と違うのは、力が手加減されていて、よろめきながらもきちんと皆本が薫を抱きしめられたことか。
拭いたはずの涙が彼の胸元を濡らしていく。
相方に怒られるよなーとは思いつつ、しかし拒絶したら世界がどうなるか分からないとも思い、どーすりゃいいんだよと皆本は困惑しながら取りあえず薫の髪の毛を撫で続け、薫もそれを嬉しく感じていた。
爽やかな風も、ビルの屋上をそっと撫でていく。
それにもかかわらず皆本の全身には、冷たい汗が滝のように流れ落ちていくのだった。
そして数年後――
このように紆余曲折を経て交友を取り戻した彼らは、その後、他の人たちとも力を合わせて事態収拾に尽力し、新しい世界の法律で、あるはずのない未来を堂々と掴んでいた。
「いやー、世界はあたしたちのために、っていい言葉だよなー」
「せやなー。お金も使い放題だし、皆本はんも手に入ったし、心地えーわぁ」
「後から割り込んできて、何を言うの、二人とも。そんなこと言ってると、全力で透視しちゃうわよ? 光一さんだって困っているんだからね」
「えー、それは勘弁。あたしが全部見せていいのは、皆本だけなのにー」
言い合いしながらも昔のように仲良く笑う彼女たちの後ろで、ぼそっと誰かが呟く。
「……僕はやっぱり世話係から抜け出られないんでしょうか……」
一人忙しく自分の子供たちをあやしながら、そんな溜息を吐く、幸せと言う名の牢獄に繋がれた人物。
その彼は、予知された未来より今のほうが世界にとってはマシなはずだと自分に言い聞かせ、そっと天を仰いで涙するのだった。
―終―
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