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とりあえず仮ということでひとつ。
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お腹痛いの
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
 登校日にもかかわらず珍しく遅く起きた三宮紫穂は、お腹を押さえながら現在保護者役を務める皆本光一にこう言った。
「今日は休ませて貰うわね……」
 何でも、鈍い痛みで調子が悪いらしい。
「食べかけのチョコが悪くなったんとちゃうんか?」
 紫穂はいつもお菓子を食べているため、それで食あたりを起こしたのではないかと、彼女と同じく皆本の同居人である野上葵からそう揶揄された彼女は、しかし弱々しく首を振った。
「違うんだけど……ちょっと、ね」
「じゃあ、原因は何なの? 紫穂なら自分に能力使えるじゃんか。ぱぱっと診断して皆本に薬買ってきて貰えば、学校に行けるようにならないかな?」
 そう言ったのは、これも同居人の明石薫だった。
 紫穂は高レベルサイコメトラーなため、能力を使えば知識の範囲内での診断が可能である。
 そのため、そう努めて明るく薫は言ったのだが、口調は心配そうな、少し遠慮がちなものになっていた。
 彼女たち三人は日本国内務省バベルに勤めるエスパーであると同時に、まだ十歳で小学校にいかねばならない年頃だ。
 最近になって行き始めた今の小学校には少しずつ馴染み始めているとは言え、まだまだ三人のみで行動することも多く、誰か一人でも欠けると不安になるようである。
 いつも元気いっぱいでわがままの多い薫だが、何とかしてくれよー、と皆本を見上げる目つきは真剣そのものだ。
 チームメイトに対する気遣いは忘れていないようだ、と三人の健全な発育を願う皆本は嬉しく思うと同時に、困惑も覚えた。
「僕を見つめたって、医者へ連れていくことしか出来ないぞ?」
 研究者としてこのバベルに入局し、紆余曲折を経てこの三人、特務エスパーチーム『ザ・チルドレン』の上司となった皆本であるが、彼はエスパーに対する特別な能力を何も持ってはいない。
 彼と出会うまでことごとく上司を叩きつぶしてきたチルドレンと付き合っていられること、それ自体が特殊能力だと言うものも居るが、だからと言って病人に対して彼が出来ることは何も無いのだ。
 仕方なく、すまんな、と皆本は薫へ言ってから、紫穂へ向かって言葉を掛ける。
「じゃあ、これから医者へ連れてくから、取りあえずパジャマだけでも着替えてくれるか」
 紫穂が今着ているパジャマは、子供用ではあるが、それでも外へ出かけられる類のものでは無い。
 だが紫穂は、それへ弱々しく首を振った。
「行かなくても大丈夫……よ」
「それは、君の自己診断だけだろ? 薫、葵。悪いけど、紫穂が外へ出られるよう着替えを手伝ってやってくれないかな」
 妙に病院へ行きたがらない紫穂の態度を、皆本は怪訝に思ったが、彼女が自分で言わないことを推理しても意味がない。
 まだ子供だとは思うが、成長しつつある女性を男性である皆本が無理に着替えさせるわけにもいかず、同じ女性である薫らの手を皆本は借りようとしたのだが、それへも紫穂は抵抗した。
「部屋で休んでいるから、安心して」
 やんわりとだが、がんとして拒否した紫穂を見て三人は眉をひそめ顔を見合わせたが、皆本が「まあ、仕方ないか。そのかわり、大人しく寝ているんだぞ」と最終的な判断をくだし、紫穂が頷いたことで、取りあえず残りの二人も納得した。
「ほらほら、そろそろ出ないと遅刻だぞ」
 時計を見た皆本から声を掛けられ、慌てて用意して出掛ける。
「紫穂、養生してな」
「皆本に襲われんなよ」
 心配そうに二度、三度と振り返ってから駆け出していった葵と薫を見送る紫穂はお腹を押さえたままだ。
「……痛むのか? 病院いったほうが」
 しかし、皆本がそう言っても彼女は首を振るだけだった。
「大丈夫。それほど酷くはない……から」
 返答とは裏腹に、紫穂は少し顔をしかめているため、その言葉をそのまま信用することは皆本には出来ない。
 だが、これ以上言葉での説得は無理かとも思い、彼は紫穂の体をいきなり抱え上げた。
「きゃっ! み、皆本さん、ちょっとぉ」
「病人が何いってるんだ。自分で大人しく休んでいるって言っただろ?」
 皆本にそうたしなめられ、紫穂は黙った。
 何と言っても、具合が悪いと言っているのは自分であり、更には、大人しく寝ているわと言ったのも自分なのである。
 つまり、自業自得なのだが、予期せぬなりゆきでこうなったことを、紫穂は後悔していなかった。
 むろん、するはずもなかろうが――反論しない代わりとして、皆本の首筋へしっかりとしがみつくことにしたのだから。
「まったく、手間が掛かるなぁ」
 そんな愚痴を呟かれても、紫穂は気にしない。
 少し恥ずかしそうな、でも嬉しそうに顔を赤らめながらも黙っているのは、少しでもこの時間を楽しもうとの腹づもりなのだろう。
 紫穂は、皆本へ好意を抱いている。
 怪物的能力を秘めた自分を、分け隔て無く一人の人間として扱ってくれるからだ。
 現在十歳な彼女を、まだ子供として扱うのは今のところ仕方ないが、いずれこの状態から一歩進むときが来るだろうと、そう彼女は信じている。
 なので、今は彼のなすがままになり、自分のベッドへ大人しく横たわった。
「本当に病院いかなくて良いのか?」
 自分では何も出来ないが、と不安そうに彼女の顔をのぞき込んだ皆本は、ふいに何かを思い付いてこう言った。
「薬は常備してないけど……そうだ、ちょっとだけ待ってくれ」
 そして、紫穂の答えを待たずに出ていく。
 紫穂は、嬉しいやら恥ずかしいやらで、一人顔を赤らめた。
 実は、原因を分かっていたりするからだ。
 ただ、それを言うのが恥ずかしく、あいまいな物言いしかしていなかったために皆本へ過剰な心配を掛けさせてしまっているのが、ちょっとだけ心苦しい。
 でも、こうやって彼女一人だけを診ようとする皆本の姿は、嬉しさで紫穂の心を満たしてしまい、それ以上、彼女からは言い出せないのだ。
「さてと、まだ子供には早いとは思うけど、薬らしいのは、これしかないんだけど……なぁ」
 にやにやしていた紫穂の顔を引き締めなおしたのは、少しして戻ってきた、そんな皆本の一言だった。
 今の顔見た? と恨めしげな視線を送ったものの、当の皆本は意味が分からず困惑する。
「具合悪化したのか? やっぱり病院いった方が……」
「あ? え、えっと、何でもないわ。それより、何を持ってきたの?」
 どうやら、先ほどの顔は見られなかったらしい。
 ドアノックくらいしてくれればいいのに、と面白くなく思いつつも、安堵感もあって、内心を誤魔化すため紫穂は皆本の手にある物体へ目線を移した。
 お盆に載った、湯気の出ている耐熱ガラスコップ。
 中の若干濁り気味の液体からは、かすかにアルコール臭も漂ってくる。
 子供にはまだ早いけどな、と悪気はないだろうけれども紫穂をむっとさせてから皆本は、そっとコップを差し出した。
「これは、いわゆる卵酒だよ。体暖かくしていれば、少しはましだと思うんだ」
「えっと……子供に出しても良いの? 法令違反じゃないのかしら」
 そう返した紫穂の言い分は、通常ならもっともなものである。
 普段、三人を子供だと言い張る皆本が、まさか大人向けの飲み物を持ってくるとは思えなかったからだ。
 それへ皆本は、肩をすくめて答えた。
「仕方ないだろ、僕にはこれしか用意出来なかったんだから。アルコールは一応飛ばしたけれど、効果薄くなるかもしれないんで全部飛ばしてないし……キミが大人しく病院行ってくれればいいんだけど……」
 小学生にアルコールを勧めるのはかなり問題だが、今現在、薬らしいものはこれしか用意出来ない。
 かと言って、医師の診察受けずに薬だけ買いに行くわけにもいかないだろう。
 皆本の顔は心配で曇っているが、内心苦笑しているのは明らかだ。
 それでも彼女を怒鳴りつけたりせず、また、病院へ行くよう強硬手段取ることもせず、こうやって出来る範囲で彼女の世話を焼いてくれるのだから、本当にありがたいことだと紫穂は思った。
 だから、それ以上は何も言わず、皆本の手から受け取った卵酒を彼女は何回かに分けてこくんと飲み干していった。
 電子レンジで温めたのだろうか、いくぶん湯気に含まれるアルコールが鼻につく。
 かあっと胃腸が焼けていき、すぐに、ほうっと出る息もにおうようになる。
 自分では見えないが、たぶん、顔も赤くなっていることだろう。
 飛ばしたとは言っていたが、それでも残っていたアルコールは紫穂にとって刺激的だったようだ。
 少し呂律が回らない状態となったものの、紫穂は素直に礼を言った。
「ありがとう、皆本、さん。ちょっと、暖まった、みたい」
 言うこと聞いてくれたのでほっとしたのか、皆本は、彼女の頭に手を置いて、こう囁く。
「礼なんていいさ。それより、早く良くなってくれよな」
「……うん」
 そして、横たわった紫穂に、そっと皆本は布団を掛けた。
 彼女が高レベルサイコメトラーでも、彼はそれを苦にしない。
 心を読まれても、暴力を受けても、意図せぬ場所へテレポートさせられても、結局最後にはこうやって心配してくれる――
 その優しさがどこから来ているのか、紫穂は知らないし、これからも知ることはないだろう。
 彼女にだって、読めないことはあるのだ。
 でも、それで良い、とも紫穂は思う。
 たとえ彼女をガキ呼ばわりしても、それ相応な時期が来れば、きっと彼だって……
 そこまでを考えたところで、不意に彼女の下腹部に異変が起こった。
 今良いところなのに、と思いつつ、紫穂は我慢は危険だと判断し、起きることにした。
「あの、皆本さん……ちょっと、ごめんなさい」
「ん? 何だい」
 何も疑っていない皆本から見つめられ、少し恥ずかしくはあるが、紫穂は小さく言った。
「お花つみに行かせて……」
 一瞬、何のことか分からず皆本は顔をしかめたが、すぐにあぁ、と頷くと、紫穂の手を取って立たせてやる。
 彼女も、相当恥ずかしいのだろう。
 アルコールと相まって、かなり顔を赤くしているが、すぐに生理的欲求をはき出すべく、トイレへ向かい小走りに部屋を出て行った。
「気分悪くなったのかなぁ……やっぱり、ガキにアルコールはまずかったよなぁ」
 頭を掻いて反省している皆本のところへ、紫穂はさほど時間掛けずに戻ってきた。
 すっきり晴れやかと言った風の顔を見て、良かったと思う反面、すまなさで彼は謝った。
「卵酒飲ませて、すまなかったな。気分悪くなったんだろう?」
 しかし紫穂は、首を振った。
「いえ、そうじゃないの。そうじゃなくて、その、つまり……だったの」
「は?」
「だから、その……便秘で調子悪かったの……」
 なんたることだろう。
 紫穂は、世間一般で言う病気ではなかったのだ。
 確かに彼女がそうならば、病院拒否も頷ける。
 先の水分で暖められたお腹が調子を取り戻したのだろうとも思う。
 だが、それならばそうと、最初から言ってくれれば良いではないか。
 そう皆本が考えたのを、彼女は見通したらしい。
 ギロリと睨んで、こう怒鳴る。
「乙女にこんなこと言わせないでっ!」
 そして、皆本の背を押して、部屋から閉め出してしまった。
「何が恥ずかしいんだ?」
 体調不良なら、きちんと申告して対処すれば良いではないか。
 紫穂の不満がどこから来るのか納得いかないものの、部屋を出された皆本は、独り事態の原因を推理した。
「……ああ、つまり、そういうことでか」
 そして出た結論は、紫穂は野菜が好きでないため、繊維不足で便秘になったのだろう、と言うことだった。
 皆本は手をかえ品をかえ指導しているが、彼女の嗜好は改まらない。
 たぶん、それを指摘されるのが嫌だったのではないのだろうか。
 そう考えれば、取りあえず説明は付く。
 なので皆本は、それ以上詮索せず、安心の旨、職場へ電話をした。
「……ええ、紫穂はもう大丈夫です。僕も少ししたら出勤しますので」
 紫穂は、まだ部屋から出てこない。
 一応は調子崩していたのだから、また寝ているのかもしれないが、スッキリした今なら食べ損ねた朝食を口に出来るだろう。
 そう思い、声を掛けてはみたものの、やはり紫穂が出てくる様子は無かった。
 何が彼女の癪に障ったのか、さっぱり分からない皆本は、彼女の返事を得られないまま出かけることにする。
「二人が帰ってくるまでには元気になっててくれよ」
 薫も葵も、学校終わったら心配で即座に帰ってくることだろう。
 どう言い訳するのか彼には想像付かなかったが、まあ大丈夫だよな、とも同時に思う。
 彼女の食欲をそそるよう肉類多目の食事を用意した後、いらぬ心配はご無用とばかりに出掛けた彼の背中を、当の紫穂は窓からじっと見つめていた。
「もう、鈍感なんだから……」
 今は彼へ届かない、その呟き。
 彼が彼女を、彼女たちを子供扱いしているうちは、今回なぜ彼女が隠し事としたかったかは、永久に分からないであろう。
 彼女の恥じらいは――恋のため。
 彼の鈍感さは――家族愛のゆえ。
 二つの思いが交わる日は、今はまだ、誰も知りえないのだった。




 そして、彼女の思いをまったく気付かない皆本が今夜も無事帰宅すると、案の定、三人の笑い声が聞こえてきた。
「あ。皆本、おかえりー」
 最初にドアの方を向いていた薫がそう声を掛けると、他の二人も次々と声を出す。
「おかえり。紫穂も元気になったでー」
「……おかえりなさい。ええと、うん、調子は悪くないわ」
 紫穂のは、奥歯に物が挟まったような言い方だが、それも原因からすれば仕方ないことだろう。
 ぴくっと眉だけ動かして、苦笑の代わりとした皆本は、結局、こう言った。
「元気になってなによりだな。じゃあ、ご飯も美味しく食べられるよな?」
「えっ?」
 意味深な、その言葉。
 二人には分からないよう、しかし有無を言わせぬ言い方に、紫穂はうろたえた。
 ここで反論すれば、二人に心配掛けさせてしまう。
 だが頷けば、確実に食生活は野菜多めと改悪されてしまうことだろう。
 うらめしい顔となった紫穂は口を噤んだが、険悪な雰囲気となる前に、ふと思い付いて葵が言葉を発した。
「そういえば、薬は、何を飲んだん? 原因は何やったのん?」
「皆本、薬置いてないんだもんなー。まさか、口移しでとか……何であたしにやらせないんだー!?」
 葵の疑問はともかく、薫の叫びはいささかお門違いだろう。
「お前は百合かっての」
 さらりと突っ込みをかわした後、皆本は卵酒と言おうとした。
 だが、その前に、紫穂はこれ幸いと横から口を出した。
「皆本さんから、良質のタンパク質をたっぷり飲ませて貰ったの。とても美味しかったわ」
「な、なんやって?」
「皆本から、タンパク質……あれのことか? そうか、そうなのかぁ!? あたしより先にぃ?」
 何て誤解を招く言い方だとの注意も間に合わず、逆ギレした薫が皆本の顎を右拳で打ち抜いていく。
 盛大に散った血は、果たして意味があるのだろうか。
 何でこうなるのか分からない葵の前へ、ゆっくりと皆本が崩れ落ちていく。
「紫穂、タンパク質ってなに……いや、何でもあらへん」
 この状況を招いた原因をとがめようとするも、彼女の顔が、いつもよりつややかな気がして、葵は言葉を飲み込んだ。
 今、薫が思い付いたことが事実なら――
 まさか、と思った内容はあるが、サイコメトラーの紫穂へ対して情報戦は仕掛けられない。
 今後、もう一方の相手である皆本へ聞こうとしても、こうなってしまった以上、そちらからもきちんとした答えは返ってこないだろうことさえ簡単に想像が付き、その代わりとして彼女は盛大に溜め息を吐いた。
「薫、もちっと手加減したらどや? 傷もんになったら、困るのはあんたやでぇ」
「それもそーだな」
 まだまだお仕置き足りないと、少し不満げながらも手を離した薫は、こう宣言した。
「あたしたちの健康管理も仕事なんだぞ。手ぇ抜いたら許さないからなっ! それと……」
 そして、一息ついてからの、大きな叫び。
「紫穂に手ぇ出すんなら何であたしを先にしねぇんだっ!!」
 女のプライドを傷つけられ、そう言って皆本を非難する薫を、誰が責められるだろう。
 少なくとも二人の誤解が解けるのは、しばらく先になりそうだ。
 そっちは追求せんとなー、と葵も薫と一緒に皆本をなじる。
 こちらも誤解したままなのは、一目瞭然だ。
 ああ、皆本と薫、そして葵の誤解と鮮血に彩られた夜が更けていく。
 ただ一人騒ぎに加わらない紫穂はと言うと、照れくささで顔を赤くしながらも、うやむやに出来た安堵とすまなさ、それに恥ずかしさとが入り交じり、小さく笑って誤魔化しながらそれを止めようとはしないのだった。
 みなが健康でありますように――合掌。





 ―終―
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