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> 短編 > チョコの味ってどんな味?
チョコの味ってどんな味?
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
小学校に通いながら公的機関バベルにて特務エスパーとして働く『ザ・チルドレン』明石薫、野上葵、三宮紫穂の三人にとって、放課後遊ぶと言う選択肢はほとんど存在していない。
まだ十歳の彼女たち三人は、現在その若さで日本における最高能力のエスパーなのだ。
授業が終わってもバベルでの訓練があったりするし、たとえ自由時間とされていても、実質的に待機勤務をしなければならない。
普通の小学生と比べ、色々忙しいため、必然的に下校時間は早くなってしまう。
本来体力をつけるべき時期なため、ほとんどは歩いて通学している三人組だったが、たまにテレポートしたり、上司の皆本光一が自動車送迎してくれたりと、ズルをしたりもする。
健康面を考えれば好ましくないことだが、三人が住んでいるところを知られないためには、多少の配慮が必要なのである。
仮に住所を反バベルの人間に知られたなら、チルドレンのみならず小学校全体が危険にさらされてしまいかねないこともあり、上記に加え、通学経路を基本的に毎日変更したりもしている。
紫穂の朝シャンで遅れそうになり、たまに最短距離を突っ切ることもあるが、幸いにしてそれで知られた様子はこれまで無い。
しかし、だからと言って危険がないとは誰にも言い切れないのだ。
それだけの危険を考慮してまで普通の就学をさせることを、バベルの人間はともかく、その上層部がどう判断しているのかはまだ分からないが、少なくとも、チルドレンたちがこのようなイベントに今まで無関心だったことが判明したのは、ある意味就学した成果だった。
バベルで育ち、仕事だけを義務的にこなしていた彼女たちは、それがゆえ、情緒面での行事に関心を持っていなかったのだ。
なので、珍しく時間が取れた彼女たちが放課後クラスメートとたわいもない話をし、こう聞かれたとき、三人が三人とも絶句せざるを得なかった。
「ねぇ、みんな今度のバレンタインで誰にチョコあげるの?」
その話題を振ったのは、クラスメートの花井ちさとである。
彼女は超度二のテレパスなのであるが、チルドレンが転校してきたことが切っ掛けで仲たがいをしていた男子児童とも普通に話し出来るようになったことから、特に面倒を見てくれる存在となっていた。
問題の男子へ今ならチョコをあげても拒否されないだろうとの安心感が、花井にその話題を言わせたのだが、周囲ではお父さんかなとか小遣いないよーとか話しているのを余所に、チルドレンたちだけは、どうする、と目を見合わせて黙っているだけだった。
皆本以前の上司は、みな彼女たちの行動に付いていけず仲良くなることが出来なかったし、チルドレンを全面的に肯定する桐壺局長は、逆に初老であげたくない人物となってしまっている。
能力のせいで同年代とは付き合いがなかったし、ようするに、知識としてそういったイベントがあるのは知っていても、三人は自分たちには関係ないとずっと思っていたのだ。
「まさか、お小遣い残してないんじゃ……ないよね?」
花井は、そんな三人の様子を不審に思ったため、そう聞いてみた。
詳しい事情を知らないことから、それくらいしか彼女たちの態度が説明つかなかったからだ。
気がつくと、ほかの女の子たちも興味津々といった風で三人の顔を見ている。
転校生ということもあり、三人からその手の話を聞いたことがなかったため、この機会を逃すと聞けないかもしれないと、いつの間にかぐるりと取り囲むように立ち位置を変えてしまっている。
テレポーターの野上葵なら、この場から逃げることは可能だった。
しかし、無用のトラブルを避けるため超度二と自称していることから、リミッター以上の能力を示すことは適当でない。
また、それをしても、結局明日に再質問されるのが落ちだ。
仕方なく、言い逃れでお茶を濁すのが無難だろうと判断し、みなは三者三様の答えを返すことにした。
「たぶん、パパにはあげるかも……」
最初に、東京都内に実家がある紫穂が無難な答えを口にする。
皆本と同居しているため次に会うのがいつになるかは分からないが、お互いに嫌っているのではないから、妥当な答えだろう。
ふーんと納得したクラスメートへ、葵が続ける。
「ウチ、仕事の関係で実家から離れてるから、今はちょっとなぁ」
残念そうな思いをにじませたため、転校初日に言われたことを思い出し、ああそうかとこれにも級友は納得した。
葵の口調がいわゆる標準語でないことから、実家はかなり遠くなのだろうと気付いているため、事情にそれ以上の突っ込みをしてはいけないとの暗黙の了承がなされているらしい。
すると、残るは薫だけである。
直情型の思考形態であることから、とっさの嘘が付けない薫は、しどろもどろとなってしまっていた。
一応、渡したい相手は思い浮かぶのだが、それを言って泥沼にハマることは避けたいものの、うまい言葉が見つからないようだ。
「もしかして、住んでいるところの、えーと、ほら、皆本とかって言う人?」
そのうちに、言いにくいのは相手がいるんだろうと推測した一人が、ずばりとそんなことを言ってしまう。
これも、転校初日に言ってしまった内容からの判断だ。
住宅の場所は言っていないものの、保護者として名前を挙げていたことから皆本の名が出たのだが、あからさまに言われたことで薫は動揺した。
「ち、ちげーよっ! あいつはそんなんじゃ……」
「あー、赤くなった。ねぇねぇ、どんな人なの?」
はぐらかすことが出来ず、あっさりと薫は危惧どおりになってしまった。
親が離婚して現在父親がいないため、それを言っておけば良かったのかもしれないが、いまさらそれを言うこともはばかられる。
また、皆本のことを言おうものなら、絶対に会ってみたいと言われそうでそれも困る。
進退窮まった薫を見かねて、紫穂は助け舟を出した。
「ところで薫ちゃん。お小遣い足りてるの? 前に宵越しの金は持たないって言ってたけど、チョコ買う金残してないんじゃない?」
それを聞き、そんなの信じられないと口々にクラスメートが詰め寄る。
みな、大事なイベントなのに、お金残してないとは何事だといった内容である。
紫穂がフォローしそこねたことで、葵も言葉を挟む。
「だってしょーがないやん。人それぞれなんやし、薫は大食漢やしなぁ」
「あたしの、どこが大食漢だっ! おなか出てないだろーがっ!」
そう反論した薫に、葵は涼しげに言う。
「その代わり、胸も出てないやろ?」
取っ組み合いのけんかになりそうな雰囲気になったことで、ほかの人たちが少し距離を置く。
その隙を見て、紫穂は笑顔で宣言した。
「けんか始める前に帰らないと大変だから、また明日ね」
そして、先に行ってるからねと二人に声をかけて廊下へ出て行く。
こうすれば、二人ともすぐに後を付いてきてくれると信じているからだ。
案の定、薫と葵はすぐにけんかを止めて飛び出してきた。
何とか追及を振り切ったらしい。
学校敷地を出たところで、ほっとした薫に紫穂は尋ねた。
「ところで薫ちゃん。あなた、本当にお金残ってなかったりするの? 皆本さんへはどうするの?」
「……レア品買うので精一杯だったんだよなぁ……」
どこでこうなってしまったのか謎であるが、薫は女性用下着のコレクターである。
母親や姉のスタイルが良いことと、父親が居ないことが影響しているのかもしれないが、とても小学生の趣味とは思えない。
倹約家の葵はともかくとして、化粧品にお金を掛けている紫穂にまで心配されるほどなのだから、健全な発育との観点からすると頭の痛いところである。
「ま、自業自得なんやから、心配もそれくらいにしとき。皆本はんから何言われんるかは分からんやけど」
葵からもこう言われた薫は、うっ、と言葉に詰まった。
二人の態度からするに、それぞれ皆本へのチョコ用資金は用意してあるらしい。
余裕を見せ付けられ、悔しくなった薫は何回か口を開き掛けたものの、結局一言も言い返すことなく、この日は無言で皆本が待つ車に向かったのだった。
「なぁ、皆本。バレンタインにチョコもらえなかったら……やっぱり寂しい?」
次の日、学校帰りに寄り道をして一人遅れた薫は、みなが待っている自動車の中へ入ってくるなり、そんなことを言い出した。
前日に彼女が内心頭を抱えていたと知らない皆本は、何を言い出すのかと、機械操作の手を止めたものの、それへ見当違いの答えを返してしまう。
「僕か? そんな青春送ったことなかったなぁ……敬遠されてたしね」
少年時から天才と称されており、学校で浮いた存在となっていた皆本は、チョコレートなぞもらった事が無かった。
チルドレンとも一応は上司と部下の立場であるため、彼女たちからもらえるかもしれないとは全然想像してないようだ。
縁が無いんだろうなと苦笑した皆本の寂しそうな顔を見た薫は、不思議そうな顔となった。
以前、自分の母親と姉が自分の目前で彼を誘惑していたため、その言葉がどうにも信じられないのだ。
ま、そんなものさと言って自動車を発進させようとした皆本に、慌てて薫は言った。
「あたしからあげるからさ、そんな顔するなよな!」
すばやく手提げのビニール袋から綺麗に包まれた物体を取り出した薫は、彼の左手にむりやりそれを押し付けた。
「普通の板チョコしか買えなかったけど、ごめん。日ごろ買い物しまくってたんで、これしか……その、ごめん」
こういったものは、金額が問題なのでは無い。
日ごろ乱暴を受けている相手からこのような気遣いを受けたことで、成長してるよな、と皆本は嬉しくなった。
「正直、その気持ちだけでも嬉しいさ。ありがとな、薫」
そして、彼女の頭をやさしくさすってやる。
えへへ、と顔を赤らめた薫を見て、さっと顔色を青く変えた残りの二人も、急いでカバンからチョコを取り出した。
運転の邪魔にならないよう部屋へ戻ってから渡そうと思ってたのだから、薫の抜け駆けとも言える行為と、それに対する皆本の好意的反応が面白くなかったらしい。
まず葵が、皆本の右手へ妙に小さいチョコをぐりぐりと押し込んだ。
「いたたたっ!」
どうやら角ばった包装らしく、そんな悲鳴を皆本はあげたが、それさえおかまいなしに押しつけるのだから、よっぽど気に食わなかったらしい。
「ウチは十円チョコや。気持ちだけでもイイんやろ? ちゃんと味わってな」
倹約するにもほどがあるだろう。
ここに至ってもそれしか用意しない葵に、紫穂は呆れた。
「そんなんじゃ、皆本さん喜ばないでしょ。倹約もいいけど、もっとお金を有効に使わないといけないんじゃない?」
「化粧品ばっかり買ってる紫穂に言われとーないで。あんたこそ、買う金残ってたんかいな? その手に持ってるのは、いつものやつやないか」
確かに紫穂が持っているのは、いつも彼女が食べている棒状のビスケットにチョコがついているお菓子である。
しかも封が開いており、いくつかは既に食べられているようなのだから、それを皆本へあげるのは、いくらなんでも酷すぎやしないだろうか。
更に、それかい、と内心溜め息を吐いた皆本を始めとする三人の前で、紫穂は中の一本をパクッと自分の口へ入れてしまった。
「ちょ、ちょっと紫穂。それ、皆本へあげるんじゃないの!?」
まさかあげないつもりなのかと思った薫の抗議を無視し、紫穂は、にっこり笑って食べかけのそれを口から出してしまう。
「そんなことないわ。ちゃんと皆本さん用よ。だって、こうするんだから」
紫穂は、何をするつもりかと、ぽかんと口を開けていた皆本の口に、すっと手を伸ばした。
自分が食べかけのチョコを、皆本の口へ、そのまま――
「あ"ーっ!!」
「それはズルいでっ!!」
とたんに、薫と葵が大きな悲鳴をあげる。
歩道を歩いていた人が、何事かと思わずギョッとしてしまったほどである。
三人の中で一番程度が酷いと思っていたのに、まさか間接キッスを仕掛けるとは思いもよらなかった。
口に突っ込まれた皆本だけは無言だが、それは、抗議したくないからではない。
単に、痛みで声が出せないだけだった。
皆本がさけないよう、手早く、ビスケット部分が口腔上部に刺さるくらいの強さで紫穂が口に差し込んできたため、チョコの甘さより痛みのほうが勝るのは当然だろう。
しかし、皆本が文句を言わないのは、彼がこれを了承したからだと薫と葵は勘違いした。
自動車の中で狭いため、思いきり能力を発揮させられないことから、二人は片方ずつ彼の腕を取ってぎっちり締め付ける。
「……!! ……!!」
まだ声を出せないらしく皆本が無言の悲鳴をあげ続けているのを、間接キッスが成功した喜びでなのか、この二人の反応も予測済みの悪戯だったのか、紫穂は妙に嬉しげな顔で見続けていたのだった。
ちなみに後日、ホワイトデーでのお返しとして肉の無い野菜オンリーホワイトシチューを出されることまでは、当然ながら、さすがの紫穂も見通すことが出来なかったようだ。
野菜嫌いな彼女への意趣返しだったのだが、他の二人はともかくとして、何と紫穂もそれをペロリと平らげたため、野菜嫌いを克服したことを喜んでいいのか、それとも復讐にならず悔しむべきなのか、紫穂は更に皆本を悩ませたのだった。
なお、薫であるが、皆本特製シチューの半分を一人で食べてしまい、みなから顰蹙をかったのは当然の流れである。
「だって、二人とも普通のチョコあげてなかったじゃん。あたしのだけが普通のだったんだから、三倍返しで本当は独り占めでもいいくらいだろ?」
そう力説されたら、さすがに葵も紫穂もそれ以上の突っ込みを入れられない。
その妬みの目を気にせず、勝ち誇り、たらふく食った薫は、来年はあたしが予約するからな、と言って皆本の皿を舐め始めた。
どうやら、先日の紫穂に対抗して自分も間接キスをと思ったらしいが、さすがに皿を舐めるのは、子供とはいえはしたない。
皆本に怒られ、逆切れして今日も彼へお仕置きをしてしまったのは、あまりにもあんまりな結末だ。
サイコメトラーの紫穂に皆本の手当てを奪われてしまい、一人さびしく薫は叫ぶ。
「あたしだってラブラブしたいんだからなー!」
叫ぶくらいなら、もうちょっと考えろよとの突っ込みを聞き流し、薫は、明日は今日より皆本へ甘えようと決心するのだった。
―終―
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