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通学の問題
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
「紫穂が問題、なんですか? 薫じゃなくて?」
 目前に座る女性からそう言われ、テーブルを挟んで座っている皆本光一は、不作法にもお茶を左手に持ったまま思わずそう聞き返していた。
 ここは、皆本と同居している子供たち、バベル所属の特務エスパーチーム『ザ・チルドレン』が通う小学校の校長室である。
 少々問題がありますのでいらしてください、と彼女たちの担任から呼び出しを受けたため、上官の皆本は学校へ赴いていた。
 こういった内容なら、本来呼ぶべきはそれぞれの親御さんたちなのだろう。
 しかし、事実として四人で生活しており、また、各々の家庭から信頼を持って皆本宅へ預けられているとして、連絡先は彼になっていたらしい。
 一人の自宅は京都であるため、急を要する東京の連絡先が彼になるのは分かる。
 が、残り二人の親は東京都内に住んでいるのだから、それぞれの連絡先を登録しておくべきではないかと思うものの、子供たちが特務エスパーである都合上、皆本が一括連絡先となっているのはやむを得ないのだろう。
 もしかすると、やっかい払いの感もあるのかもしれない。
 親たちにその自覚がないとしても、今まで彼に表立って連絡してきたことがないのだから、そんな感想を抱いてしまう。
 子供たちも、以前からバベルに預けられていることもあり、それについて不満を述べたことはほとんど無い。
 むしろ、皆本宅から学校へ行くようになり、逆に楽しんでいる風さえあったりするのは、保護者として頭の痛いところである。
 年相応な行動と考えれば、それほどおかしな行動ではないのだが、ESPを使って悪戯するのは、いただけない。
 もう慣れたと言いたいところだが、それでも怪我が絶えないのは、つらいのだ。
 出来れば痛くないほうが良い。
 期待と現実のすり合わせに腐心する皆本の心は、まだまだ彼女たちを信頼しきれていないようである。
 それでも、彼は彼女たちだけに全力を傾けられるのだから、先生方よりはマシなのだろう。
 ここは、エスパーだけを集めた特殊学級ではない。
 エスパーを特別視せずに受け入れてくれている、ありがたい学校なのだ。
 当然、チルドレンのほかにも居るエスパーや普通の子供との軋轢がおきないよう、かなり気を遣っていると見て間違いない。
 先生たち自身も、エスパーに理解があるだけでなく、それぞれに勉強を積み重ねていると聞いている。
 なのに、そんな場所でさえもチルドレンに問題があると言われたため、ここに来るまで彼は内心頭を抱えてしまっていた。
 彼女たちはまだ十歳。
 本来なら、危険な任務など無く、おおらかに過ごせるはずの年頃なのだ。
 能力のせいで多感な時期を同学年の人たちと居られなかった彼女たちなので、ついにすべきでないことをやってしまったかと皆本は溜息を吐きながら来たのだが、聞かされたその内容は、彼の予想とはだいぶ食い違っていた。
 サイコメトラーの三宮紫穂やテレポーターの野上葵は、彼の中では問題視されていなかった。
 この二人は、積極的にいじめを受けなければ、やり返すことはほとんど無いと記憶しているためだ。
 葵の能力では、他人へ危害を加えるにしても、せいぜい頭上に黒板消しをテレポートさせるくらいかなと思う。
 お金に関してはともかく、その他の事柄においては三人の中で一番の常識人であることから、割と安心感を持っていられる。
 紫穂も、無意識のうちに――皆本に対しては絶対に故意だろうが――心を読んでしまう癖が少々あると感じられるものの、読んだ内容をワザワザ口にしなければ、あまり問題にはならない。
 父親が公務員であり、かなり厳格な人だけあって、場所をわきまえるよう、きっちり躾がなされているようである。
 また、能力のせいで人が嫌悪する内容を誰よりも知っている彼女であるから、たとえガキから色々言われたとしても、相手に感情を爆発させることは無いはずだ。
 入学初日、陰からこっそり様子を見ていた限りにおいても、この二人がこれからも問題になるとは思えない。
 となると、残るはサイコキノの明石薫である。
 何せ、彼女が一番ナマの感情を吐き出しやすい。
 彼女個人の性格かと最初は思っていたが、彼女の家族と少々話したり、色々知るにつれ、どうやら母親からの遺伝的要素も含まれているようなのだ。
 知り合った当初と比べ、いくらかマシにはなっているものの、それでも危険性は変わらない。
 男子と拳で語り合おうとしてしまうくらいなのだから。
 へたな男子よりよっぽど『漢らしい』と言えてしまうのが、これからの教育においての問題点その一である。
 彼への乱暴回数も一番多いのだから、チルドレンに問題があると言われ、薫が真っ先に思い出されてしまうのは、彼にとって当然のことだった。
 なのに担任が問題だと言ったのは、薫ではなく、紫穂なのだ。
 紫穂にどんな問題が、と考えた皆本は、彼女の能力が切っ掛けで、教室中が疑心暗鬼の状態になってしまったのかと思い悩んでしまった。
 彼女へ積極的に触ろうとする人は、ほとんど居ない。
 表面上取り繕っていても、自分の内心を知られると言うことは、心で話を出来ない人間にとって恐怖でしかないからだ。
 それによる被害は彼もこうむっているため、紫穂が問題となると、それしか考えられない。
 なので皆本は、転校もやむなしかと覚悟し、せっかく三人一緒に受け入れてくれたのにと忸怩たる思いで尋ねた。
「能力のせい、ですね? すると、もう、かなり酷い状況になってしまっているんでしょうか。転校も覚悟してますので、ハッキリおっしゃってください」
 歯ぎしりを伴った皆本の問い。
 彼はかなり真剣に言ったはずなのだが、それを聞いた担任は、えっ、と妙な顔をした。
 何か、言い方に問題があったのだろうか。
 理解してない様子の担任に、皆本はもう一度言った。
「ですから、紫穂の問題は、彼女のESP能力なんですよね? 他の子供たちに悪影響が及んでいるんではないでしょうか」
 しかし、それを聞いても担任の顔は真剣な顔つきとならなかった。
 更には、あろうことか次第に顔がゆるんでいき、最後にはクスクスと笑い出してしまう。
 真面目に言ったはずなのに、笑われるとは何事か。
 むっとした皆本の顔を見て、これは失礼と謝った担任は、それでも少し笑いをこらえきれない様子でこう告げた。
「紫穂ちゃんが問題なのは、能力じゃなくて、給食なんですよ」
「えっ?」
 能力以外が問題になるとは、皆本は全く想像していなかった。
 あっけに取られた彼へ、担任はこれも教育の一環ですし、と言って続けた。
「彼女、野菜を残すんですよ。肉類は大丈夫なんですけれど、サラダとか炒め物とかで、野菜とハッキリ分かるものは出来るだけ手をつけたくないみたいなんです。皆本さんからも、彼女へ野菜を食べるよう言ってくださればありがたいんですが」
 私から何回も注意しているんですけどねと、ほとほと困り切った様子の担任を見て、皆本は自分の不明を恥じた。
 紫穂が野菜をほとんど食べないことは、前々から知っていた。
 なのにそれを学校へ伝えておらず、あまつさえ問題行動と言われ能力での騒ぎを疑うとは、なんと愚かだったのだろう。
 僕が一番信頼しなければならないのに、と彼は真っ赤な顔で頭を下げた。
「すいません。僕は、それを考えてませんでした」
 そして、何で頭を下げたのか分かって居なさそうな担任に、こう言う。
「僕は、彼女たちの保護者たりえないのかもしれません。内容を言われるまで、僕は他の子供たちか、あるいは先生方とトラブルを起こしたと思っていたんです。でも、ありがたいことに、そうじゃなかった――彼女たちは、こんなことを考えていた僕を許してくれないかもしれませんね」
 皆本の、そんな自嘲気味な言葉を聞いて、担任は笑った。
「そんな、許すも許さないも、とっくに決まっているじゃないですか。彼女たちは十歳とは言え、学校で集団生活を送るのはまだ一年目なんですよ。問題起こるのは、あたりまえじゃないですか。それでも、みな、ここに来てから楽しくやっています。彼女たちも、それから他のクラスメートもね。ですから、彼女たちを支える貴方がどれほど心強い存在なのか、一目瞭然じゃないですか」
 先ほどまでの可笑しいと言った風の笑いではなく、元気づけるような微笑み。
 そうでしょうか、と小さく疑問を述べた皆本に、担任はこう言った。
「そうでなければ困ります。我々も、出来る限りの指導はします。けれど最後に頼りとなるのは、何と言っても家族なんですから」
 そう言いながら担任は、唇に人差し指を当てたままそっと立ち上がると、いきなり入り口ドアを開いた。
「あたたたっ」
 とたんに部屋へ転がり込んでくる、数人の固まり。
 体をさすりながら立ち上がったのは、こともあろうに話題のチルドレンたちであった。
「お、お前ら……立ち聞きしてたのかっ!?」
 あまりのことで、つい立ち上がって怒鳴ってしまった皆本へ、彼女たちは涼しげな声を返す。
「だって、皆本が呼ばれたからには、あたしたちのことでしょーが。聞かずにはいられないじゃん」
「せや。隠し事すると、皆本はんのためにならんでぇ」
「どんなこと思っていたのか、じっくりと体に聞いていいかしら?」
 にこやかな、しかし悪魔の笑み。
 蛇に睨まれた蛙のごとく、脂汗を流してじりじりと後退した皆本は、壁にまで追いつめられたことで、つい後ろを向いてしまった。
 チャンスとばかりに、さっそく三人が彼を襲う。
 拳骨でこめかみをグリグリと痛めつける薫に、両脇腹をくすぐる葵と紫穂。
 痛いやら苦しいやら恥ずかしいやらで、皆本は外聞へったくれなく懇願してしまった。
「たっ、頼むからやめてくれっ! 帰ったら美味いもん食わせてやるからっ!!」
「本当だよな?」
 にたっと笑った三人に、彼は頷くことしか出来ない。
 言質取ったからなと、ここに来て彼女たちは先生の目を気にしたのか、あっさり引き下がった。
 そして、先生さようなら、と大声で挨拶すると、素早く先に帰って行ってしまった。
 あっけないほど爽やかな退場で、帰ってからどんな要求がなされるのかと逆に怖い考えを抱いてしまうではないか。
「あいつら……何させられるんだか」
 そうぼやいた皆本へ、担任は、またまた笑いながら話しかける。
「まあまあ、それだけ貴方が慕われているってことですよ」
 そうですか、との問いに、そうですよ、とも答える担任。
 彼女から見て、彼とチルドレンとの関係は、本当の家族のような遠慮のないものと映ったようである。
 笑いすぎたのか、数回深呼吸したのち皆本へ、大丈夫ですよ、と担任は再度言った。
「これまでの行動を聞いてましたし、学校でのあの子たちも見てますけれど、あんなに楽しそうだってことは良い証拠ですから」
「……はぁ」
 もはや、何のために呼び出されたのか忘れはて、疲れ切った皆本には、そんな簡単な相槌しか言えなくなっている。
 その様子を見て、仲が良いのはイイことですよと笑った担任は、野菜の件よろしくお願いしますと念を押したのち、ドアを開けて優しく皆本を送り出したのだった。




 そして、その夜。
 皆本は、不本意ながらも約束してしまった美味しい食事を作るため、孤軍奮闘していた。
 リビングからは、三人でゲームに興じているのか、にぎやかな笑い声が聞こえる。
 何で僕一人で作らねばならないのか、と皆本は少々面白くなく思ったが、やむを得ない。
 どんな状況であれ、約束は約束だし、それに、担任から頼まれた件もあるためだ。
 彼女たちの健全な発育のため、食事もきちんとしたものにしなければならないのは重々承知。
 それがため、事情を説明して仕事を早引けした皆本は、二時間ほど素材と格闘したのち、待ちくたびれているだろう彼女たちへ自信作を持っていくことにした。
「これをまずいとは言わせないからな」
 不敵な笑みを浮かべる皆本。
 ハンバーグとかグラタンなど、好き嫌いの激しい紫穂でさえ大好物なものを用意したのだから、絶対に文句を言わせないとの確信がある。
 少なくとも、自分の味覚では問題ないと皆本は信じている。
「皆本、早くー」
 そんな言葉をいい、雛鳥よろしく食事を待つ彼女らは知らない。
 これらの肉料理は、魚や豆腐などが素材となっており、本当の肉は一切入ってないことを。
 美味しいと言ってくれる様と、更にはそれの材料を告げられた際の驚愕の有様を思い浮かべる皆本の顔は、実に楽しげであったのだった。





 ―終―
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