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紫穂の幸せな日々
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
イラスト:サスケ
 今日も、さんさんと太陽の光が差し込んでいる。
 暖かい天地の祝福に包まれて、皆本紫穂――旧姓を三宮と言う――は、愛する夫、光一のため、いそいそと家事に励んでいた。
 最初に結婚話が出てから、もう十年以上が過ぎている。
 親や職場の上司、あるいは周囲との様々な混乱を乗り越えた二人は、既に隠し事なく本音で語り合える間柄となっていた。
 と言うか、サイコメトラーの紫穂が一方的に皆本の思考を読みまくっており、全く隠し事が出来ないとも言えるのだが、それでも彼から離婚話が持ち上がらないのは、ひとえに二人の愛情がなせるワザだろう。
 二人の、最初の出会いは、あまり良いものではなかった。
 彼女は、日本国内務省にあるバベルのエスパーチーム『ザ・チルドレン』の一人として働いていたのだが、チーム全員が年端もいかない子供たちだったにもかかわらず、みな日本最高の能力を持っていたことで、年相応の扱いがなされていなかったのだ。
 普通の子供がとるだろう、いわゆる『躾』へのささやかな抵抗も、彼女たちがおこなえば、そく命にかかわる大事となってしまうため、そろって厳重な監視体制といくつもの能力制限措置を受けてしまったのは、当時としてはやむをえない措置だった。
 後で振り返ってみるのならば、それを過ちと言うことは出来るだろう。
 措置により、彼女たちの心が悪い方向へ捻じ曲がっていくのを止められるものは、誰も居なかったのだから。
 そもそもバベルに来た経緯からして、家族から弾き出されてしまったと思っている彼女たちへ、更に隔離に近い境遇を与える事態となってしまったのは不幸としか言いようが無い。
 バベル局長桐壺は、彼女たちをどうにかして救おうとしたものの、局長みずからが付きっ切りで世話をするわけにもいかず、また、ただでさえ子供の世話は難しいのに、自分でも制御困難な超能力を所持している彼女たちの世話役を引き受けようとする酔狂なやからは、なかなか現れなかったからだ。
 短期間で幾人も担当は変わるが、それは、覚悟を決めてきた人でさえ、躾と反動の繰り返しで心身に深い傷を負ったため。
 人が変わるたび、能力制御機械へ手が加えられていき、皆本光一が彼女らと出会ったのときの世話役ときたら、なんと電流を流す装置をも彼女たちに取り付けていた。
 ここまでくると、児童虐待行為としか言えない。
 本人は『これも躾なのよ』と口にしていた――当人の事情も色々あったのだ――が、皆本はそれを見過ごせず、当時部外者であったにもかかわらず、つい、それの解除に手を貸してしまう。
 近付くもの総てを冷ややかな眼差しで見ていた彼女たちと、昔の体験を重ね合わせ、救いたいと思ってしまったから。
 彼の申し出を最初に了承したのは、サイコメトラーの紫穂だった。
 彼女が、皆本に何を読み取ったのかは、未だ彼女の口から明らかにされていない。
 ただ、その結果として、彼女たちの上司が皆本へと代わり――これも相当な騒ぎであったのだが――当人たちも周囲も、一人を除いて丸く収まったことだけは確かである。
 赴任した当初は皆本も彼女たちを持て余していたのだが、時間が経つにつれ、何故か不思議と打ち解けることが出来、最後には、とうとう深い仲となってしまった。
 当時は色々と問題があったのだが、年の差十歳とはいえ、彼女が成人した今では何の問題もない。
 思えば、最初はロリコンじゃない、と光一が――つい、昔同様、皆本さんと言ってしまいそうになるのだが――抵抗していたことが、紫穂には何となく微笑ましく、また、懐かしく感じられる。
 揶揄され、冷ややかな目つきを向けられても、彼は、最後には紫穂を選んでくれた。
 彼女は最高超度のサイコメトラーなため、ほとんどの他人とは表面的な関わり合いしか持っていなかったのだが、彼だけは、心を読むと知っていて、それでも彼女と触れあってくれた。
 そんな彼を紫穂は好ましく思い、彼女からプロポーズした結果、紆余曲折の末、二人は結ばれたのである。
 理不尽なお仕置きなど、ずいぶんと彼へは不愉快な思いをさせていたはずだが、それ以上の積極的な言動に、相手も諦めたのだろう。
 その余波として、チームが分裂してしまったことも、今では遠い過去だ。
 苦しみも悲しみも、今は幸福の力へと変えられる――
 台所仕事をしながら、そんなことを思っていた紫穂だったが、ふいに玄関のチャイムが鳴ったことに気付いた。
「ちわー。○○肉屋です」
 どうやら、馴染みの肉屋が来たらしい。
 子供時代同様、肉が好物な紫穂は、けっこうな量を頼んでいる。
 二人分だけなら自分で買いに行ったほうが手っ取り早いのだが、大家族となった現在では、持って帰るのは一手間である。
 また、注文先が多岐にわたること、それに遠いこともあり、こうやって配達して貰ったほうが何かと便利なのだ。
「今日は、豚肉二十キロでよろしかったですよね」
 いつも通り、どさっと荷物が玄関に下ろされる。
 キログラム単位で持ってきた品物であろうとも、紫穂は全部チェックしているため、普段はそれを待ってから帰る肉屋だったが、何故か今日は帰りが早い。
「じゃあ、今日はこれで」
 そう言い、そそくさと立ち去ろうとした肉屋に不振なものを感じた紫穂は、おもむろに梱包品を一つ取ると、こう言った。
「あら、これ賞味期限が……」
 とたんに、肉屋が立ち止まる。


「お、奥さん。ひ、人聞きの悪いことを……」
 どうやら、注文品が多量すぎて商品を揃えきれず、こっそり賞味期限スレスレの物を紛れ込ませていたようだ。
 思考を読まずとも、言葉と態度でバレバレである。
 普通なら、このようなものを、と怒るべきなのだろう。
 だが紫穂は、脂汗を流している肉屋へにっこり笑うと、こう告げた。
「じゃあ、まけてくれる?」
 ただでさえ美人な紫穂が、天使も恥ずかしくて逃げ出すような笑みを浮かべたため、肉屋はその場で固まった。
 フェロモンむんむんの人妻から、かような素敵な笑顔を向けられたのだ。
 本音を言えば、一も二も無く頷きたい。
 だが、元々一括発注で赤字スレスレまで単価を下げさせらており、これ以上まけさせられてしまっては、採算割れ確実だ。
 いくらお得意様とは言え、出来ることと出来ないことがある。
 しかし、問題の発端は、注文をこなせなかった当方の手落ちであるし……
 ど、どうしたら良いだろうか?
 蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていた肉屋が、我慢しきれず逃げだそうとしたとき、不意に紫穂は彼の後ろへ目を向けた。
 先ほど肉屋へ向けたのより、数倍も誇らしい笑顔。
 何となく、この笑顔を向けさせたのが誰かを確認したくなり、つられて肉屋も後ろを向く。
「紫穂、何か問題でもあったのかい?」
 そこに居たのは、紫穂の夫、バベル高官の皆本光一であった。
 愛する夫からの質問に、紫穂は、何でもないわと首を振った。
「ただ、賞味期限がね……」
 ちらりと肉屋を見ての、一言。
 それを聞き、おおよその事情を察した皆本は、盛大に溜め息を吐いた。
「まあ、紫穂。君の要求する品質の肉を、しかも大量に仕入れてくれるんだから、少しばかりは仕方ないだろう。大めに見てやれよ」
 高品質で出来る限り安全な食物を、と紫穂はあちこちの専門業者へ連絡を取っている。
 しかも、彼女直々に出向き、サイコメトリー能力を使って品質の最終確認をしていたりするのだ。
 その紫穂の目にかなった業者なのだから、今回は、魔が差したのだろうとしか思えない。
 皆本は、今までの礼もあるし、と次のように紫穂へ提案した。
「少しばかりまけてもらったり、何かしてもらっても、全然意味無いんじゃないかな。何せ、量が量だからね。だから、次回はこのようなことが無いよう、しっかり君の『目』で見て、それから判断してもいいと思うな」
 それは暗に、彼女の能力を使って良い、との内容を含んだ言葉である。
 既に、夫の了承を得ず、毎回使ってはいるのだが、それでも夫公認となったのは嬉しい。
 紫穂は、こくんと頷くと、肉屋へ告げた。
「分かったわ。じゃあ、支払いは、いつものように引き落としで。次は……覚悟しててね」
「……はい」
 紫穂の言葉は、まけろとの無茶な言葉より、更に厳しい内容だ。
 今後、一切の不正――厳密に言えば、不正とは言いがたいが――まかりならんとの最後通達に等しい。
 だが、考えようによっては、それさえクリア出来れば、このお得意様はずっと当店から買い続けてくれることだろう。
 うな垂れると同時に、そうも思考をめぐらせた肉屋は、目前で自然に寄り添う二人の姿に心の底で嫉妬しながらも、何とかこう答えた。
「頑張りますので、今後とも御贔屓にお願いしますね」
 そして、空となったダンボールを担いで、急ぎ足になりながら去っていく。
 夫婦には、彼の背中に、哀愁と野望の入り混じった奇妙なオーラが見えた。
 肉屋がとうとう見えなくなった後、皆本は、そう言えば、と紫穂へ質問した。
「今回は、どれくらい購入したんだ?」
「国産黒豚肉を、ほんの二十キログラムよ。数日で消費しちゃうけど、仕方ないわよね」
 紫穂は、子供ころから肉が好物で、しかも品質にうるさい。
 昔は苦手だった野菜も、特訓の成果で食べられるようになったが、その過程で食べ物全般の品質にこだわるようになってしまったことが、皆本家の家計に影響を及ぼしていたりする。
 皆本自身としては、もっと安いので構わないと言っているのであるが、これだけはガンとして拒まれているのだ。
 いくら皆本が特殊公務員であり、かなりの高給取りだとしても、大家族を支えるために出費は出来る限り抑える必要があることを、紫穂はきちんと理解しているのだろうか?
 既に先ほどの肉屋との会話を脳内から消し去った紫穂は、皆本の、そんな無言の質問にハッキリと答えた。
「だって、良い食材で栄養取ってなかったら、貴方の体力が持たないわよ」
 確かに、昼間もそうだが、夜間のお勤めをこなすには、多大な気力と体力が必要となる。
 その栄養管理を一手に引き受けている紫穂の言葉には、さすがに有無を言わせない重みがあった。
 毎日たくさん食べているにもかかわらず、しかも肉料理が多いはずなのに、未だみんな健康で、しかもスマートな体型を維持出来ているのは、紫穂の料理技術が貢献しているからに違いない。
 その彼女から、エンゲル係数が高いのは当然と言われては、それ以上言うべきことが見つからないではないか。
 まあ、肉類多めの食事内容で、どうやってスマートな体型を維持しているのかについては謎が多いのであるが……
 それはさておき、給与明細から心の奥まで全て妻に把握されている皆本に取って、ここですべきことはたった一つしか残されていなかった。
「分かった、紫穂が決めたなら、それでいいさ。夕食も頑張ってくれるんだろう?」
 そう言って妻を肯定し、そっと抱きしめてやること――
 紫穂が皆本の期待に応えなかったことは、結婚してからこのかた、一度たりとも無い。
 彼女は、はい、と答えてから、期待しててねとも言った。
 能力で鍋の状態を把握し、完璧な火加減をおこなえる紫穂の料理は、天下一品である。
 毎日食べているとは言え、それが今夜も食べられると聞いて、皆本の顔がつい、ゆるむ。
「っと、こんなところで立ち話してる場合じゃないよな。中に入ろうか」
 そんなことを言い、片手でドアを開けて中へ行こうとする皆本の右手には、しっかりと紫穂の左手が握られていた。
 他人の心が読めてしまう紫穂にとり、何でもない、このような彼の仕草が、どれほど彼女の力となることか。
 紫穂は、夫の暖かさが嬉しく、ぎゅっと握り返す。
 私も幸せです、と伝えるその手には、よく見ると、薬指に少々大きめの指輪がはまっているようだ。
 星のマークが見えるため、昔から使っているESPリミッターの改良型だと推測されるが、それだけでは無く、何やら銀色に輝くリング状の品が付属しているようにも見える。
 巧妙なデザインで目立たないようなっているものの、どうやら銀色に光るその部分は、結婚指輪を組み込んだものらしい。
 いつも彼との愛情を身に着けていたいとの、紫穂なりの考えなのだろう。
 さすがに小さくであるが、指輪にしっかり掘り込まれた文字には、こう記されている。
『Shiho & Kouiti are best partner forever.』
 ――紫穂と光一は、いつまでも最良の配偶者です――
 この静かな、そして幸せな時間がいつまでも続くよう願いを指輪に篭め、紫穂は今日も愛する夫のため、いそいそと料理の腕を振るうのだった。



 ―終―
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