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とりあえず仮ということでひとつ。
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『知る』ことは……
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
 知ることは、力なり――
 そう覚えたのは、いつのことだろう。
 少なくとも私、三宮紫穂にとって、それはそんな最近のことではない。
 パパたちが私を愛していると知ること、それがたぶん、最初に力となった『知識』だろうと思う。
 もう、ずいぶんと過去のこと。
 懐かしくて、少し涙が出てきちゃう。
 だって、その後のことを思うとね、なんて無邪気な行動を取っていたのかと苦い笑みがこぼれちゃうから。
 そして、嬉しく思ったことが、私に更なる力を与えることを知らなかったから。
 私が知ったことを披露すること。
 パパたちの喜ぶ顔が見たくて、私はそれを続けてしまった。
 もっと知りたくて、もっと笑顔が見たくて、つい、他の人たちに触れてしまうまで――
 真実と虚構。
 人間は嘘は吐くことを、私は覚えてしまった。
 物体から直接知ることを覚えた私にとって、それは衝撃的な事実だったはず。
 たとえ知りたくないと思っても、過去にあったことは無くならない。
 おねしょして恥ずかしかったことも、嫌われて苦しく、思わず物を投げつけたことも、家の中を視ればすぐに分かってしまう。
 布団も、壁も、嘘を吐かないのに、何で人間は嘘を吐くの?
 尋ねても、能力を使っても、誰も答えてはくれなった。
 当たり前よね。
 今ならそう言える。
 でも私は、まだ幼くて、真実に近いほど隠したくなる人間の性を理解出来なかった。
 事実を知られて喜ばず、逆に恐怖する人が居ることを知ったとき、私はその人に突き飛ばされていた。
 両親以外に見知った、でも、ぜんぜん見たことの無い人が、私を指差して言う。
「こいつは化け物なのっ!?」
 私を撫でてくれた優しい手が、傷つけるための凶器と化す。
 そして私は、今後について悩む両親へ心配掛けたくなく、勧められたバベルへと素直に行くことにした。
 一種の隔離だと知りつつも、それしか取る道筋が無さそうだったから。
 ――知ることは、悪?
 人の顔色が瞬時に変わることを体験し続けて、私から知る喜びは消え失せた。
 誰かが愛してくれても、褒めてくれても、サイコメトリー能力を使うことがその人の恐怖ともなりうるのならば、知らなくていい!
 たとえ能力を使わなくても、私が能力を使えると知られただけで、私の周囲から人間が消えていく。
 そんな、立ち去った事実を知ることが義務であるのならば、この能力に、何の意味があるだろう?
 バベルでは、手のひらを返したように能力を使うよう指導されたけれども、それがますます私を孤独にしていく。
 様々な事件の物証から知る、人の理不尽さ。
 バベル職員が取る、覆い隠そうとしても分かってしまう恐怖心。
 耐えきれず、立ち去っていった幾人もの関係者。
 私と言う色眼鏡を通してしか知ることの出来ない事実がいくつあろうとも、その中に私を変える内容があるのだろうか?
 知れば知るほど、喜びが溜め息として心に降り積もっていくことを、変えられはしなかった。
 いくら本を読んでも、立ち振る舞いの意味を理解しても、みんな、能力だけを気にするのに!
 私個人を知ろうとする人間なんて、居やしないのに!!
 あたかもガラスに透明さが求められるかのように、私の能力だけが磨き上げられていく。
 ぶつかる鳥が居ようとも、覗き込んだ人間が反射の光に射られようとも、まるでお構いなしとばかりに扱われる私。
 私を構成する、脆さや、曇りや、僅かな気泡が悲鳴をあげる。
 ただ、能力が高いばかりに、更なる高さを求められる機械へ、心なんていらない!
 知る喜びなんて、もういらない!
 ずっとそう思っていた。
 あの人が、心を読まれてもなお、自ら私と手を繋いでくれるまでは――




「今、ガキだなって思ったでしょ」
 今日も今日とて彼の、皆本光一さんの思考を私は無意識のうちに読んでしまっていた。
 途端に、彼が身構える。
 その言葉を切っ掛けに、同僚の明石薫ちゃんが彼へ攻撃するって知っているから。
 彼は私たちの上司であり、年齢だって、十歳も年上。
 なので私を、そして同い年のチーム構成員全員を子供としてしか扱ってくれないのは、理屈では分かる。
 そう、私たちはまだ小学生なのだから。
 けれど、薫ちゃんはいつも不満そうに、それを否定して叫ぶ。
「ガキって言うなー!」
 私も、彼が仕置きされちゃうって分かっているのに、彼が痛めつけられちゃうのが分かっているのに、たった一つの事実、それだけをつい口にしてしまう。
 彼の手が温かいのは分かっているのに、受け入れてくれるのも分かっているのに、彼の心を読むことを止められはしない。
 何故って……私を淑女扱いしてくれないのが、とても悔しいから。
 これって、おかしいのかしら?
 少し前までは、読んだその結果がどうなろうとも、全く気にしていなかったのにね。
 そんな思考で僅かに顔をしかめていたら、薫ちゃんの仕置きが炸裂し、既に皆本さんは床へ倒れこんでいた。
 勝ち誇った薫ちゃんの横で溜め息を吐くのは、もう一人の同僚、野上葵ちゃん。
「皆本はんも学習せぇへんなぁ……」
 そうは言っているけど、きっと、彼は学習してるわよ?
 でも、私が少々誇張してしまうわけで……その、だって、彼の驚いた顔とか困った顔が、とても愛らしく感じられるのだもの。
 つい口にしてしまっても、おかしくないわよね?
 でも本当は……そうじゃないわよね、きっと。
「紫穂。頼むから、僕の心を読むのはともかく、適当なことを言わないでくれ……」
 へたっていた床から何とか立ち上がった皆本さんが、そう懇願してきても、私は微笑みと共にこう返す。
「だって皆本さん、レディとして扱ってくれてないでしょ? 読まれて当然じゃない」
「んなことあるかー!」
 彼の言い分がたぶん正しいことも、私の方が理不尽なのも、頭の中では分かっているのにね。
 怒った顔も、また素敵だと思い、私は髪を掻きあげながらさらりと言ってのける。
「一番可愛いって、そう言ってくれたら止めてもいいわよ」
 絶句し、呆れた顔をした皆本さんは、予想通りにぶち切れた。
「そんな台詞、十年は早いっ! お前らはまだガキだっ!!」
 あーあぁ、とうとう自分から言っちゃったわ。
 皆本さんは自らのしでかした失態にハッと気づき、脱兎のごとく逃げる体勢へ移行しようとしたけれど、もうそれは遅すぎた。
「へっへー。まいったか」
「皆本はん。いい加減学習したらどや。今度は失神フリーフォールをおみまいしたろか?」
 またまた壁に叩きつけられ、叫び声を上げている彼を見ながら、さも不愉快だとの口調でそう野次る、薫ちゃんと葵ちゃん。
 チームメイトとして、私は彼女らを信頼しているけれど、それでも仕置きばかりでは皆本さんが全員を嫌ってしまうかもしれず、私はフォローを入れた。
「まぁまぁ、私たちの修行も足りないんだろうし、それくらいにしときましょう」
 そして、ほっとしたところを見計らって、こう言う。
「次は、育った私たちを楽しんで貰わないといけないしね」
 ガコンと頭を床へ打ち付けた皆本さんを横目に、どっちが育っているか、あるいは育っていないかで、即座に葵ちゃんと薫ちゃんは言い合いを始めてしまった。
 まったく、こりないわよねぇ。
 思わず、苦笑しちゃうじゃないのよ。
 出遅れた私は、自分が切っ掛けであるにもかかわらず、それを一人で見ている状況となってしまった。
 周囲だけが騒がしい、これが今の日常。
 でも、私が触れて、何かを言ったとしても、以前みたいに壊れたりしない日常が、今ここにある。
 それが何故かを理解出来る。
 きっと、ううん、絶対に皆本さんが居るからそうなるんだと、そう感じられる。
 そして、私はいつか彼の傍にて――
 不意に隣から溜め息が聞こえた。
 見ると、皆本さんが私と同じように苦笑しているのが分かった。
 ふふっ、私たち、同じこと感じているのね。
 顔が火照っているのを気づかれないよう、軽く呼吸を整えてから、頭痛を感じているであろう皆本さんに、私はそっと手を差し伸べる。
「そろそろ立たないと、今日の検査に間に合わないんじゃない?」
 すると彼は、さっき心を読まれたにもかかわらず、何事もなかったかのように私の手を取って立ち上がると、喧嘩を続けている二人へこう言った。
「こら、お前ら。そろそろ行くぞっ!」
 喧嘩仲間に加われないのは、ちょっぴり寂しい。
 でも、こうやって先に彼の手に引かれて歩き出すことが出来るのは、それを補って余りあるほど。
 私を普通に扱ってくれる彼のこんな態度が、何と私を変えることか。
 能力におびえず、絶望せず、普通に私を受け入れる態度のなんとも言えない心地良さが、どれほど私を勇気付けることか。
 ずっと変わらない彼の心を知って、私の力は強くなる。
 強くなれる。
 知ることは、力なり――
 私は、今さらのようにその言葉を噛み締めて、そっと彼の指へ自分のそれを絡めると、心の底から幸せな力が溢れてくるのを実感するのだった。





 ―終―
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