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とりあえず仮ということでひとつ。
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微妙な異名
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
「なぁ、皆本はん。『ゴッデス』ってどんな意味なん?」
 いきなりそう問われた皆本は、僅かに眉をひそめて答えに窮した。
 彼女は純粋な好奇心で尋ねているだけなのだろうが、問われた内容は、目前の少女、野上葵の未来における異名らしいからだ。
 単なる異名と言うだけなら、すぐに答えることが出来る。
 しかし、皆本が予知として見せられた未来、エスパーと普通人が争っている破滅の未来世界において葵がそう呼ばれているらしいなどとは、口が裂けても言うことが出来ない。
 それで皆本は聞こえなかったふりをしようとしたのだが、単純に質問しただけの彼女は、そんな彼の態度をいぶかしく思い、自分で勝手に結論づけてしまった。
「もしかして、悪い意味なん? ……嫌やなぁ。そんなんで呼ばれるんは」
 葵は既に一回、当面の敵である兵部からそう言われたことがある。
 敵が言った事実、皆本が答えようとしない事実から悪い意味と推測したのだが、非常に面白くない内容だ。
 溜め息を吐き、肩を落とした葵を見て、皆本は元気づけようと慌てて答えた。
「あ、いや、そんな悪い意味は無いって。神様の英単語『ゴッド』の女性形だから、『女神』って意味だよ」
「女神様!? 何だ、良い意味やないか。じゃあ、なんで言いよどんだん?」
 不思議そうな葵へ、皆本は、その単語を当の本人に伝えてしまった誰かへ内心毒づきながら続ける。
「……何を言われたのか、一瞬分からなかったからさ。英語は小学校じゃ習わないだろ? それで意味把握が遅れたんだ」
「へぇ、意外やな。皆本はんでも、そーいうことってあるんか」
 葵にとって、皆本は単なるバベルでの上司としての存在では無い。
 今まで、彼女がどうしても受け入れられなかった普通人の上司であり、更に言えば、彼女の属するチーム『ザ・チルドレン』みんなが信頼を置く、ほとんど唯一の人間なのだ。
 災害級の超能力を秘めていると知ってなお普通の態度を取ってくれる存在は、本当に少ない。
 多少のいざこざはあるにしろ、そんなものはスキンシップのうちだ。
 彼の部屋へなし崩し的に住まわせて貰ったりと、彼にとっては迷惑かもしれないが、四六時中顔をつきあわせて疲れない相手というだけで頼もしく感じられる。
 その多大な好意の相手である皆本が、答えに窮してしまったのが珍しく、葵は意地悪なことを述べた。
「皆本はんでも言いにくいことってあるんかぁ。女神ってことは、美しいんやろ。だとすると、ウチは皆本はんの女神妻になるんやな」
「んなことあるかっ」
 皆本が反射的に突っ込んでも、目を輝かせた葵は一向に気にしない。
「女神様かぁ……ぐふふふ。えーこと聞いた。二人にも教えたろ」
 よほど皆本の言いにくそうな態度がツボに入ったのだろう。
「皆本はんから女神って言われたんやから、これは将来ばっちりってことやろなぁ。公認の仲へ一直線ー!」
 今にも飛び出して言いふらしそうな葵を、皆本は必死で止める。
「頼むから、他人には言わないでくれっ。誤解受けるだろっ。問題山積みなんだっ!!」
 舞い上がっている葵の頭からは綺麗さっぱり抜け落ちているようだが、その単語は、兵部が発した言葉なのだ。
 既に日本政府には、チームの一人、明石薫が兵部から『女王』と呼ばれていることを知られている。
 また、チーム最後の一人、三宮紫穂も『女帝』と名付けられていたりするのだ。
 今はまだ、薫のみが問題視されているだけなのに、葵の発言が元で日本政府に全員異名を付けられていると知られたならば、皆本を含めたチーム全員、将来に禍根を残さないよう即座に抹消されてしまいかねない。
 どう転ぶか分からない将来のことで波風は立てない方が良いのだが……
 悲しいかな、その真相を葵に告げることが出来ないため、必死な皆本の態度を見て、彼女は誤解を深めてしまった。
「そりゃ、問題山積みに決まってるやん。結納の日取りやろ、指輪のデザインやろ、それに……」
 にやにやしながら、問題点を一つ一つ指折り数えていく葵。
 目を覚まさせようと、しかめ面になった皆本が彼女の右肩をゆさぶすろうとしたが、葵はさっと後ろへ避ける。
 と、まだ壁へ行き着いていないのに、その身体は何かにぶつかってしまった。
「なーに言ってるんだって。皆本が葵のもんだって、まだ決まってないだろ? 一人で勝手に決めるなよな」
 皆本にとっては幸いなことに、葵がすぐに飛び出すことをしなかったおかげで助けが来たようだ。
 嬉々としていた葵の頭を、そう言ってこずいたのは薫だった。
 いつの間に来たのか全然気付かなかったため、皆本は声くらい掛けてくれよと注意したが、それに薫は不機嫌な顔で答えた。
「だってさー、なんか面白くなかったんだもん。葵は舞い上がっちゃってるし、皆本は必死そうだったし……」
 そして、ビシッと指さしながら大声を発する。
「面白そうな話題なら、あたしも混ぜろっ!」
 思わずのけぞった皆本を余所に、余裕の笑顔で葵は反論した。
「面白そう? 面白くない話題の間違いとちゃうんか。ウチと皆本はんのラブラブな話題やからなぁ」
「あ、あたしだって皆本の『女王』だもん。皆本を支配してるんだから、負けてないやい!」
 薫も、既に何回か異名で呼ばれたことがある。
 兵部のみならず、彼に協力するエスパーたちは薫を『女王』と呼び、しかもその意味を言わない。
 トランプなどで自分の単語の意味を知っていた薫は、世界征服との将来の夢があるため、呼ばれるのは好きでないものの何となくそれを受け入れていたのだが、皆本を狙うライバル、葵も異名があると知って黙ってはいられない。
「……皆本っ!」
 くるりと皆本を向いた薫は、歯ぎしりが聞こえそうなほど悔しい顔でこう言った。
「女王と女神と、どっちが上なの!? 白黒つけてくれないと嫌っ!!」
 うわー、と内心頭を抱えながら、皆本は恐る恐る問い直す。
「そ、それはつまり、単語の形而上における意味だよな? それならば、め……うわっ! リミッター外すなっ!!」
 制裁を加えるためか、腕時計形の超能力リミッターを外そうとした薫を皆本は言葉で制した。
 だが、それで止めるようなら薫ではない。
「じゃあ、女王のほうが偉いんだよな?」
 そう脅した薫と、そんなことあらへんよなと睨む葵。
 どちらと答えても、あるいは両方同じと答えたとしても、制裁が待っているのはほぼ確実だろう。
 なんでこんなことになるんだと心で助けを求めながら皆本は、じりじりと後ずさって、そこでぽんと腕を叩かれた。
「何おびえているの? 答えは既に決まっているじゃない」
 それは、チルドレン最後の一人、紫穂だった。
 まったく、どこに隠れていたことやら。
 彼女の接近も、決して忍び足ではなかったはずだが、皆本には全く分からなかった。
 いつもの通り、にこにこしている彼女の顔からは、何を考えているか伺い知ることは出来ない。
 一触即発だった葵と薫は、紫穂から断言されたことで、そろってどう決まってるのかと尋ねた。
「だって女王って言葉は、諸外国ならともかく、現代日本人が普通に聞いたなら良い印象受けないわよ」
 そう言われても、小学生の薫には、意味が分かるはずがない。
 それでも言ってしまうあたりが耳年増の紫穂らしいと言えばそうなのだが、薫以上に疑問符いっぱいな葵へも、彼女はこう言った。
「そして葵ちゃん。あなた、眼鏡架けているでしょ。だから女神だと、ちょっと語呂合わせ悪いわよね」
「なんでやねん。素敵な言葉やんか」
 反論した葵へ、さらりと紫穂は呟く。
「じゃあ、これ即座に言える? 『眼鏡の女神の野上さん』――はいどうぞ」
 野上とは、葵の名字である。
 当然、自分の名字を言えるはずだが、反芻しようとした葵は意外な反応を示した。
「眼鏡ののが……じゃなくて、眼鏡のめが……こんなん言えるわけあらへん! だいたいなんやねん、眼鏡のどこが悪いんや!!」
 逆ギレした葵を見て、じゃぁあたしの勝ちだなと思った薫は、紫穂の次の言葉を聞いて唖然とした。
「それと薫ちゃん。日本じゃ、王様より帝のほうが偉いの。だから、『女帝』のあたしのほうが皆本さんの支配率高いのよ」
「えぇぇ!? そんなのないじゃん!! あたしのほうが偉いんじゃないの?」
 案の定、不平を言った薫以上に、皆本の反応はよろしくない。
「はぁ? なんだよそれ……僕はお前らの物じゃないぞ? だいたい、どこから情報仕入れてくるんだ?」
 三人の異名は、当の本人たちへも本当の意味を知られてはならない機密事項である。
 しかし、紫穂はあっさりとそれを口にしたばかりか、怪しげな情報まで紛れ込ませているではないか。
 更には、いったい何を考えているんだ、との皆本の鋭い目つきを平然と受け流し、紫穂は堂々とこう宣言してしまった。
「女には、色々と秘密があるの。だから、皆本さんも気にしちゃ駄目よ。でも皆本さんになら……そうね、後で二人きりになってから教えてあげるわね」
「なにー!!」
 紫穂の狙い通りなのか、皆本恋しで彼女の言葉に反応し、言い争い始めた薫と葵の頭からは、先ほどの論争がすっかり消え去っている。
 また、巻き込まれた皆本のほうも、彼女の本意を確かめる余裕が全く残っていない状態となってしまった。
 葵の疑問を封じ、薫の突出を押さえ、みなと皆本との親睦度を深める。
 結果だけ見ると紫穂の一人勝ちで、端から見れば既にして『女帝』の貫禄が付いているよう感じられるではないか。
 だが、彼女には、そんな目論見は毛頭無かった。
 ただ彼女は、こう思っているだけなのだ。
 こうやって、みんなで楽しく騒ぐ日々がいつまでも続きますように――と。
 それが皆本の、内心の願いと知っている紫穂は、「女神のどこが悪いんやー!」との葵の疑問を受け流す。
 また、「女王のどこが意味悪いんだ?」との薫の問いかけにも、とぼける。
 そうして、困った顔の皆本を微妙にフォローしつつ、恐ろしい未来での異名を笑いに変えるべく、泥沼の言い争いへ嬉々として加わるのだった。





 ―終―
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