絶対可憐百貨店SS集SS集

とりあえず仮ということでひとつ。
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酔うほどに、酒
初出:NigtTalker GS・絶チル小ネタ掲示板
イラスト:サスケ、はっかい。様


「珍しいわよね、一人なんて。あの子たちはどうしたの?」
 そう言って、彼女――常磐奈津子は、高級な日本酒を少し口に含むと、向かいに座る皆本光一へウィンクした。
 掘りゴタツ形式の居酒屋なので、スカートのまま、気楽に入れたのが嬉しい。
 何より、気になる男性を一緒に誘えたことが嬉しく、店へ入ってまだ間もないのに、彼女の頬には朱が差している。
 対する皆本光一は、彼女同様にお猪口を口に当ててから、少々困惑気味でこう答えた。
「それへは答えにくいなぁ。それより、君が僕をどうやって見つけたのか、そのほうが不思議なんだけれど?」
 彼と彼女は同僚として、等しく日本国内務省にあるバベルにて勤務をしている。
 が、皆本は実働部隊、コードネーム『ザ・チルドレン』の指揮官として一線に立つことが多く、片や常磐は受付チーム『ダブルフェイス』の一員として内勤をしているため、基本的にこの二人が一緒に仕事することは無い。
 質問を質問で返した皆本の、困惑振りが面白かったのだろう。
 常磐は、含み笑いでこう告げる。
「私の超能力が『透視』なのは、皆本さんも特とご存じでしょ。だ・か・ら・よ♪」
 彼女の能力は、最高級とはいかないものの、それでもランクで言えば上から二番目の超度五に相当する。
 妨害装置を働かせていないならば、比較的離れた場所に居たとしても、すんなり相手を見付けられるだろう。
 しかし、それも最初から当てがあってのことだ。
 この、人間で出来た砂漠の中にて、ただ一人の人を捜し当てるのは、簡単なことでは無い。
 誰にも行き先を告げず、一人で歩いていた皆本を、そんなにあっさりと探し当てることが可能なのだろうか。
 お猪口を持ったまま、皆本は、少し首を傾げて言った。
「それじゃ答えになって無いじゃないか」
 しかし彼女は、あっさりとそれを受け流す。
「そう? 別にいいじゃない。今は、あの子たちもいないんだから、楽しみましょ」
 常磐が言うあの子たちとは、『ザ・チルドレン』の面々である。
 まだ十歳であるが、日本随一の超能力を持っており、かつ、皆本と一緒に住んでいる三人の女性のことを、二人とも忘れられるはずが無い。
 ことあるごとに皆本の所有権を主張する彼女らがここに居たならば、絶対にこんな会話は出来ないであろう。
 以前セッティングされた食事会の際は、邪魔が入って話半端となってしまったし、その後もこういったフリーの立場で話する機会は訪れなかった。
 いつも抜け駆けをする常磐の同僚、テレパスの野分ほたるにも幸いにして感づかれなかったからには、この機会に差し向かいでとことんまで語らいたいものだ。
「かんぱーい」
 常磐の掛け声につられ、つい杯を合わせてしまった皆本も、口ではまだ納得いかないと言っているが、本音ではかなり飲みたい気分となっていた。
 なにせ、今日はチルドレンから『下着を洗濯するから』と言われ、自分の部屋を追い出されてしまっていたからだ。
 いくら異性に下着を見られたくないので、と理由を示されても、居候が家主を追い出すなど言語道断。
 最終的に同意をしてしまった――せざるを得なかった――が、今後のことを考えると、頭が痛いとしか言えない内容だ。
 また、自分の部屋を我が物顔で使っているであろう三人が、はたして綺麗に使っていてくれるか、それがかなり気になるものの、言い出したら現実になりそうで怖くなる。
 黙って唇を濡らした皆本を見て、常磐は一瞬だけ頬を膨らませたものの、すぐに笑みを浮かべて言った。
「あ、今、『あの子たちに悪い』とか思ったでしょ。駄目よ、こんな良い女の前でそんなこと思ってちゃ」
 いつになくしおらしい態度でそう言った常盤のほうも、実は別なことで心配を抱えていた。
 いつ、同僚のほたるが乱入してくるのか、タイムリミットが近いような気がしてならないのだ。
 寮に入っている常磐と違い、野分ほたるはマンションにて一人暮らしをしている。
 今日も良い男を捜すため別行動を取ってはいるものの、彼女も皆本へ好意を持っていることから、こちらへ合流する可能性は極めて高い。


 なので、さっさと既成事実を――
 そんな思考が、常磐の杯を進めさせる。
「どんどんいくよーっ! かんぱーい♪」
 いつのまにか語らいの場は、一騎打ちといった様相を見せ始めていた。
 最初は日本酒を飲んでいたのだが、より弱い酒をとの皆本の願いに伴い、種類はビールへと変更されている。
 が、現在横に置かれているビール瓶は、十数本にも達しようとしていた。
 ずらりと彼女の脇へ並べられた空き瓶の数を見れば、いかに彼女が酒豪で騒がしいか分かろうと言うものだ。
 ほんのりと素肌が赤くなっており、着ていた上着を一枚脱いではいるものの、顔付きを見るに、まだまだ余裕があるらしい。
 付き合う皆本は、普段呑めないせいか、既に危険なほど酔っ払っており、そろそろ遠慮したいと思っていたが、それは許さないわと常磐が次のビールを注ぎに掛かる。
「そろそろ……店を出ないか。さすがにこれ以上は」
「えーっ! そろそろ次だなんて、皆本さんのえっちー」
 ああ、彼女もかなり酔っ払っていて、自分で何を言っているのか分からないのだろうか?
 自分のセーターを抱きしめながら、そんな言葉を発して悶える常磐に、皆本の言葉は都合いいようにしか解釈されない。
 思わずこめかみを押さえた皆本を見て、ふと不安になった常磐は、ねぇ、と思いっきり彼へ近付いてその頬を軽くつつく。
「私、明日は非番なのよ。だから、ねぇ……」
 常磐の濡れた瞳でそう囁かれ、断れる男など、そうは居ない。
 彼女の、外はね気味の黒髪が、さらりと皆本の首筋をなでる。
 さっさと会計を済ませて逃げ出せばよかろうに、との危険信号が皆本の脳内で発せられても、彼は動けなかった。
 彼女の超絶ミニスカートから伸びる、ストッキングに包まれた綺麗なおみ足。
 上着に隠されていてもハッキリと分かる、豊満な双丘。
 皆本も健康な男子であるからには、間近となったそれらを、つい見てしまっていたとしても誰が責められよう。
 ましてや、今の相手は無防備にもほどがあるのだ。
 酒の力よりも破壊力があるそれらを見て、赤面するだけですませて良いものだろうか?
 まずい、と皆本の頭と胃腸が訴えている。
 出してしまわねば、呑み込まれる――
 ごくり、と喉が鳴ったのを合図に、皆本の視界が斜めにかしいだ。
 しかし、本当にかしいだのは彼ではなく――彼女のほうであった。
 慌てて手を差し伸べ、どうにか常磐の頭を打ち付けさせることなく済ませた皆本は、なんだかなぁ、と溜め息を吐いた。
 既に常磐は、答えを待つことなく、すやすやと眠ってしまっている。
「なんか、うらやましいよなぁ」
 何が羨ましいのか、あるいは妬ましいのか、今の皆本には分からなかった。
 ただ一つ、確実に言えることは……
「もしかして、僕が全額支払いなのか!?」
 ハッと気付き、声が大きくなった皆本へ、非難とやっかみの視線が浴びせられる。
 それへ、すまない、と慌てて返したものの、彼の内心は先ほど以上に動揺していた。
 今日は部屋を出る際に呑むかと思っていたため、いつもよりは財布が重いものの、それでもこの有様へ一人で対処出来るのかは分からない。
 だが、寝てしまった常盤から協力いただくことは、まず不可能だろう。
 それに、彼女の処遇も考えねばならない。
 二人でホテルに行こうものなら、財布へのダメージはともかく、その後の心身へかなり影響があるに違いない。
 どこからともなく黒い非難の声が聞こえたような気がして、皆本は急いで周囲を見回した。
 まだ……大丈夫。
 乱入者を発見出来ず、取りあえずは安心した皆本だったが、この静かな状態は長くないことを、逆にそれで再認識してしまう。
 ざわっと鳥肌を立てた彼は、急いで思考を巡らせた。
 あれも駄目、これも駄目。
 となると、この場合における答えは――
 しばし考えたのち、ようやく思い付いた結論へ向かい、皆本は、痛む頭を更に痛めながらも、とあるメールアドレスを呼び出そうと懸命に携帯を操作するのだった。




「すぴょすぴょ……」
 そして幸せな顔で眠っていた常盤は、痛む頭を抱えながら朝を迎えた。
「あっ、いたたたっ……」
 思わず顔をしかめてしまったが、頭が痛い原因そのものは、よく覚えている。
 昨夜、皆本さんと二人きりで呑むという、心沸き立つひとときを過ごしたためだ。
 つい、はしゃいでしまい、いつにないほど杯を重ねた結果としては、被害は少ないほうだと言える。
 が、しかし、その代価は貰えたのだろうか?
 頭だけが痛むことを少々気にしながらも、彼女が自分の体を見ると――
「下着? え、昨夜は妄想? 皆本さんは?」
 その体はベッドへ横たわっており、下着姿になってはいるものの、それ以上にはなっていなかった。
 思わずパタパタと手を伸ばしたが、誰かが一緒に居た感触は一切無い。
 彼女が入っている寮には門限があり、時間までに帰ったはずがないため、部屋の内装に見覚えがないのは分かるのだが……
 あそこまでお膳立てし、自分をこんな状態としておきながら、何故に肝心なものへ手を掛けてくれないのか。
 昨夜の行動について全部は覚えていないが、夕方、いつも気に掛けていた皆本の姿を目ざとく見付けた常磐は、ルンルン気分で彼に声を掛けたはず。
 そして、邪魔が入らないうちにと彼を居酒屋へ連れ込み、二人で大いに語らったはずだった。
 昨夜は確かに彼へどんどん呑ませ、これまでに無いほど体を密着させたはずなのに、と僅かな記憶が訴えている。
 彼の顔も、アップで思い出せる。
 更に言えば、履いていたストッキングも現在身に付いていないのだが、自分で脱いだ記憶は、これもさっぱり無いのだ。
 それならば、その後もあったはずなのだが……
 不満げな顔付きで彼の姿を探した常磐は、しかし、結局のところ見付けることは出来なかった。
 彼の代わりとばかりに、少し離れたテーブルチェアで優雅にコーヒーを飲んでいる女性が視界に入ってきたから。
 痛んだ頭に、その名前がぼんやりと浮かぶ。
「ほた……る?」
 その、小さな呟きを聞き逃さず、目前の彼女は、コーヒーを片手に、にこやかな笑顔を浮かべて答えた。
「昨夜はお楽しみだったみたいね。彼には、私から謝っておきました」
 顔は笑っているが、その口調はずいぶんときつい。
 彼女、野分ほたるは、努めて冷静になろうとしているものの、コップの水面にさざなみが出来ているところを見るに、怒り心頭となっているらしい。
「どこがお楽し……つうっつ!」
 ――この格好を見れば一目瞭然でしょ!
 ――悔しいけど、そこまでいかなかったじゃない!!
 そんな反論を試みようとした常盤だったが、頭痛で言葉を発することが出来ず、彼女は黙ったままこめかみを右手で抑えた。
 うっすらと涙を浮かべもしているが、それをさも当然、と野分は言った。
「まったく、夜中に皆本さんからメールが届いた、って期待した私が馬鹿みたいじゃないの。いそいそと画面を見たのに、書いてあったのは『呑みつぶれた常磐を送って欲しい』だなんて、酷い話だと思わない?」
 そう、皆本は以前教えられていたほたるのメルアドを、昨夜何とか発掘することに成功したのだった。
 男の意地でギリギリながらも居酒屋の精算を済ませた彼だったが、さすがにホテル代は、自分の分で精一杯だったようだ。


 呆れ返るほたるへ、常磐はベッドのうえから再度反論を試みようとした。
 だが、頭が痛くて思うように声が出ない。
「っぅ……助けてぇ……」
「頭痛薬はあるけど、馬鹿につけるのは持ってないわ。抜け駆けの罪は重いんだからねっ!」
 いつも抜け駆けするのは、テレパスのほたるなのにぃ……
 そうは思いながらも、痛む頭とチャンスに彼を酔いつぶせなかった無念、更にはライバルへ貸しを作ってしまった残念さとで、常磐奈津子は勝負下着姿のまま涙するのであった。





 ―終―
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